▼ A-dur 18*
「…やだぁっ!」
「暴れんなって」
「やめっ…」
「…」
「そのださま、」
「…」
無視をすると決めたのか、園田さまは僕の声に反応することはなくなった。
かたかたと震える身体も、園田さまに抑えつけられているせいで動かない。簡単に両方の手首を片手でつかまれて、頭のうえでまとめられてしまう。
「やだ、やだっ…!」
どうして僕が、こんな目にあわないといけないの。
涙が次々にあふれて、視界がゆらゆらと揺れる。そんな中見上げた彼は、なぜか笑っているように見えた。
睨む僕なんてお構いなしに、園田さまはもう一度顔を近づけた。唇をそっと合わせ、至近距離で僕を見ているようだった。
近すぎて、焦点が合わなくて、それすら本当なのか分からないのだけれど、
ちゅ、ちゅ、とわざとらしく音を立てて僕の唇に吸いつく彼の姿を冷静に見ていると、ものすごく滑稽だと僕は思った。
ちゅる、と音がして、あたたかい舌の感触。
噛んでやろうかとも思ったのだけれど、この密室の中仕返しに何をされるのだろうと思ったら、隙を見て逃げるほうが懸命かもしれなくて。
何度も何度も顔の角度を変え、深く深く舌を入れてくる。やっと離れたときには、僕は息も絶え絶えで。
「…も、そろそろ、離していただけ、ませんかあ?じゅーぶんでしょ、っ…ゃ、ぁぁああっ」
突然、ズボン越しに刺激されて、下のほうからぞくぞくとあがってくる快感に腰が浮いてしまった。
「ゃん、あ、やめ、」
絶妙な手つきで触られて、ゆるく勃ってしまったそれの裏側をてのひらでもまれる。
何なの、その手。なんで僕の気持ちいところ知ってるの?経験豊富だから?
…そうだ。
このひとは、いろんなひとと寝ている。
手を動かしながら、園田さまは僕の耳をがじりと噛んだ。
「痛っ!ゃあ!」
「…」
「んっ、それ、変、やらっ」
かじったところをまるでいたわるみたいにれろれろと舌でなめられて、ぞくぞく、と鳥肌が立った。
耳の中まで、ぴちゃ、ぴちゃ、と音を立ててなめられるころには、全身の力が抜けてしまって。
ああ、
もう、
無理。
「やめ、脱がせないでぇ…っ」
「暴れんな。うぜえ」
やっと声を発したと思ったら、何それ。
一気に下着まで脱がされて、下半身丸出し。
ひどい。消えたい。
つつ、と園田さまの指が、僕の後ろを撫でた。
「ね、おねがい、」
「あわてんなって」
「痛っ…?!ちょ、ゆび、やらっ!ぬいてっ」
「きっつ。準備してねえのかよ」
「は…、?」
「もしかしておまえ、初めて?しゃーねえな」
園田さまは、にやりと笑った。
どくん。
心臓が鈍い音を立てて、滲んでく何かに溶かされていくみたい。
「心が痛い」。本当に、心は、痛むものなのだなと思った。比喩でも、なんでもなく。
初めてじゃない。初めてじゃない。
初めてのはずがない。
僕の初めては、一哉で。初めてすきになったのも、告白したのも、キスをしたのも、からだを重ねたのも、一哉で。
一哉のこと、ものすごくすきだった。すきの気持ちがあるのとないのとでは、こんなにも違う。
僕は思わず顔を背けた。
「図星?ほら、こっち向けよ」
片手で僕の顔をつかんで、園田さまは正面を向かせた。僕の視線の先は、口元をゆるませる彼。
― 好意は、にせもの。
「力、抜いとけよ」
「いやぁ…!」
園田さまは指を2本に増やして、さらに笑みを深くした。
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