一定の速度で歩く青年の後ろを、せわしない足音が追いかける。
草や石にでも躓くのか、時折足音は不自然に止まりさえした。
青年が立ち止まる。足音が追いついた。腕をとられる。

つかまえた、と小さな声。

青年は黙ったまま、足音の主である少女の頭を撫でた。

育ててみれば、人の子というのはなかなかどうして愛らしいものだった。
腕にしがみつき、大人しく撫でられるがままになっている少女は愛らしい。
愛らしくて、愚かだ。
いま少女を撫でているこの手は、その気になりさえすればそのまま容易に頭を砕くことができる。
掴まれるがままに委ねている腕も、ほんの少し力を込めるだけで簡単に少女を振り払える。
それどころか自分は、彼女の本来の居場所を壊しさえしたのだ。
しかし少女は何も知らないまま、青年を無条件に信頼している。
自分が他所からつれてこられたことさえ気が付いてないのかもしれない。
人の性質なのか少女の気質なのか、与えられたものを無条件に信頼するこのこどもの愚かさに、青年はこの五年間何度もめまいを覚えてきた。

しかし、その信頼を裏切ることもせずにこの五年を過ごしてきた青年がいるのも確かだ。
人の子供は弱くてすぐ死にかける。事実この五年、危ういことは何度もあった。
こんな面倒を抱えずとも、山の中に捨て置いて来れば済む話だったのだ。
始まりが青年の気まぐれだったからといって、面倒を見る義務など彼にはなかったのだから。
だから、本当に愚かなのはどちらなのか、青年はとうの昔から知っている。

「あ、いまわらった」

少女が平坦な声をあげる。抑揚のない喋りは彼女の常だった。

「…なんのことだ」
「わらった」

知らぬふりは通じないらしい。
この強情さは誰に似たのだろうか。顔も知らない父や母か、居たのかもしれない兄弟か。それともはたまた親代わりの青年か。
知らないなとだけ言って、青年は少女を片腕で抱き上げる。大人しく体を委ねる少女のさまはあの日から何も変わっていない。

しかしその外見は見違えていて、五年という月日は人をまるきり作り変えるのに十分であるようだった。
青年は思う、これが鬼なら五年でこうも変わるまい。
実際、青年の外見は五年前とほとんどなにも変わっていない。

あの日拾った子供は自分の名前を言えなかった。
名無しのままでは手間だからと、その季節ちょうど盛りだった花の名前を与えたのは青年だ。
そして今、それはあまりにも出来すぎていたように思う。

須臾を生きるいきものに、重ねて瞬きの名を付けるとは。


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テーマ「人外ファンタジー」
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