「十七歳の誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう」
それではつまらないものですが、と神妙な顔の碧が私に袋を差し出す。それをありがとうと受け取って、それからもう一言。
「毎年言うけど、その言い方、プレゼントっていうかお中元って感じ」
「去年は『お歳暮みたい』でしたね」
「でも一昨年は『お中元』、でしょ」
私の言葉に、碧が目を瞬かせた。「よく覚えてますね」「でしょ」
「今開けていい?」
「ドウゾ」
どうぞって声してないよ。と思うけど、今日は知らないふりだ。だって、見たい。碧があんまりこういうのが得意じゃないとは知っているけど、今日は私の誕生日なのだ。「開けるね」「どうぞ」碧も、どうしても嫌ってわけじゃない。その証拠に、二度目のどうぞはいつも通りの調子だった。
袋のリボンを解いて、包みを開ける。この瞬間は、好き。私の好きな人が、私のために選んだもの。そんなの、どうしたってわくわくする。
「マフラー? あ、ストールだ」
「はい」
中身は大判のストールだった。明るいグレーの地に黒とピンクのラインが入ったチェック柄のもの。スタンダードで、でも甘すぎなくて可愛い色合いはすごく私好みだ。それを見て、そういえば、と思い出す。今年はマフラーを買うつもりだったのだ。趣味にも需要にも見事に合致している。うれしい。文句なんてあるわけがないけれど、文句なしのプレゼントだ。
ただ少し意外だったのは、今がまだ9月だったからだ。実用性の高いプレゼントはたしかに碧らしい。でもいくら肌寒くなってきたとはいえ、プレゼントに冬小物を思いつくには早い時期だし、実際店先で見かけることもまだほぼない。しかも、アドバイザーに三木が付いてるとはいえ、相手は碧だ。この友人が店先にそう並んではいないものを選ぶ、というのは私にはどうも想像できなかった。
そう考えた私の思考を読んだかのように、碧がプレゼントの選考理由を話し始める。もちろん、碧が私の小さな疑問を察したわけではない。だって、相手は碧だ。そうではなく、これはいつものやりとりで、ちょっとした様式美のようなもの。初めてプレゼントをもらったときに私がねだったから、それ以来毎回こうして理由を話してくれるようになった。
「去年、ピリカ枝に引っかけたでしょう、マフラー」
「よく覚えてるね」
「覚えてますよ」
去年の自分の失態を掘り返されて渋い顔をする。そうだ、そんなこともあった。そんなこと覚えてなくていいのに、と思う私をよそに、碧が言葉を続ける。
「だからです。買い替えなきゃって言ってたから」
「覚えてたの」
「覚えてますよ」
直前と同じセリフを繰り返して、碧が私を見る。
「それから、ピリカ、冬場は教室でもよく寒いって言ってたでしょう。ミキに相談したら、これならひざとか肩にも使えるって」
「……よく覚えてるね」
「選ぶの、苦手なので」
言われたことくらいは覚えておかないと。そう言ったあと、碧がちょっと笑う。照れたみたいに。
「なんて、うそです。覚えようとしてたわけじゃなくて、たまたま覚えていただけで」
「……そう」
うれしいと思った。自分でもちょっと驚くくらいに。何気ない会話を覚えられているというのはくすぐったくて、それから、すごくうれしい。
それなのに出てきたのは素っ気ない言葉で、こういうとき、もっと素直な反応が出来たらいいなと思う。自分のことは良くも悪くも素直だと思うし、普段の私はそういう私のことが("悪くも"でも、だ。)嫌いじゃないけど、こういうときはすこし好きではなくなる。
でも碧はそんなこと少しも気にしていなくて、それよりも自分のプレゼントがうまくいったどうかを気にしているようだった。すこしの笑顔は不安そうな顔に変わって、碧が私を窺うように見る。
「色味は、去年のを参考に。気に入らなかったら……どうもできないですけど、ごめんなさい」
「そ、んなはずない!」
思わず口を衝いて出た言葉に、碧が驚いたように私を見る。私も自分の声に驚いて、でも本当のことだから誤魔化しようもない。勢いのまま、続ける。
「うれしい。去年までの気に入ってたからうれしいし、ストールなのもうれしい」
「それなら、」
「それに、碧がくれたんだから、絶対うれしい」
よかった、と言おうとしていたのだろう碧の口が、ぱくぱくと動いた後閉ざされる。それからすこし逡巡して、再び口を開く。
「……それは、ちょっと、恥ずかしくないんですか。ピリカ」
ちょっとからかうみたいな口調は照れてるからで、でもそれは私も同じだった。それでも今更後には引けないから、自信ありげに笑ってみせる。
「私、嘘は言わないことにしてるの」
「……そうですか」
それならよかった、と今度こそ碧が言って、私も念を押す。「嘘じゃないからね」「わかってます」観念したように首を振って、また碧がすこし笑う。すこし苦笑いみたいで、でも面白がっているような笑い方で。「では、改めて」
「お誕生日おめでとうございます、ピリカ」
「うん、ありがとう、碧」