教室からゴミ集積所に向かう道すがら、職員室に立ち寄る。日直日記を受け取った担任が、先ほど尾浦が埋めたページを開いてざっと目を通す。

「意外と真面目に埋めてんな」
「でしょ」
「つか津島のことばっかじゃねえか」
「俺と津島は心の友と書いてズッ友なんで」
 担任が呆れたように溜息を吐く。
「まあいいや」
「いいんすか」
 いいよ、別になんだって。続いた言葉は随分投げやりなものだった。そういえば。尾浦は自分のクラス担任が非常に適当な性格をしていることを今更思い出した。尾浦の困惑をよそに、担任は尾浦の肩のスクールバッグに気がついたらしい。「気ぃつけて帰れよ」厳密に言うと尾浦が持っているスクールバッグは山尾のものであるから帰ることはできないのだが、わざわざ訂正することでもないだろう。適当に返事を返す。
「うーい。先生も会議がんばー」
「おー」
 何はともあれ、日誌は提出した。次は山尾だ。山尾の性格上関係のない場所で油を売ってるとは考えにくい。おそらくごみ集積所までの道のりか、そこにいなければ入れ違いで教室に戻っているだろう。


 予想通りというか当然というか、山尾はごみ集積所の前にいた。上靴のまま外へ出た尾浦の目に山尾の姿が飛び込んでくる。「おー」いたいた、と言おうとして慌てて口を噤んだのは、山尾が一人ではなかったからだ。
 尾浦に背を向ける形で立っている山尾の背中の向こう、そこに居たのは山尾の彼氏だった。思わず立ち止まって、尾浦は二人を窺う。放課後の校舎裏で向き合う二人はなにやら話をしているらしく、言ってしまえばつまり逢瀬の真っ只中で、そこに割って入るのはさすがに無粋というものだろう。慌てて校舎の陰に戻った尾浦に二人が気付く様子はない。幸い、先ほどの尾浦の声は二人の耳には届かなかったようだ。
 そういえば、尾浦が山尾が恋人と一緒にいるところを見るのは初めてだ。尾浦のしていた見立て通り、一瞬見かけた二人はそこそこ絵になっていた。ごみ捨てにこれほど時間がかかっているくらいだから、意外と話も合うのかもしれない。

 山尾がごみ捨てから帰らなかった理由が彼氏だとわかって、尾浦はなんとなく微笑ましい気持ちになった。山尾でもそういうところがあるのか。しかしだからといって、いつまでもこうして校舎の陰に隠れているわけにも行くまい。この状態で山尾と彼氏がこちらへ向かってきたら尾浦はとんだ赤っ恥だ。
 幸い、今日の尾浦は特に用事もない。薄情な友人たちは尾浦が日直であると知ってそれぞれ部活へ家へと帰ってしまったし、彼女との約束があるわけでもなかった。早く帰る必要があるわけでもないのだから、わざわざ二人の逢瀬を邪魔することもないだろう。このまま素知らぬ顔で教室に先に戻ろう。そう考えて、最後に、と二人の方に目を向けたのはただの野次馬根性だ。覗き込んだとき、ちょうど山尾が一歩後ずさるのが見えた。心なしか俯いているようにも見える。先ほどまでは普通に目を合わせていたような気がしたのだが。尾浦が怪訝に思うのと、山尾の彼氏が何かを言うのは同時だった。なんと言ったかは尾浦の場所からはわからなかったが、その続きは尾浦の耳にもしっかりと届いた。それまでの会話に比べ、明らかに声が大きくなったからだ。

「だってほら、もう1ヶ月だろ」

 その声にさらに一歩、山尾が後ずさろうとした。しかしそれより早く、山尾の彼氏がその腕を手荒く掴む。山尾の腕を離れたごみ箱が地面に落ちた。それから、

「――っ」

二人の影が、重なった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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