「じゃあ、ゴミ捨ててくるね」
 その声に、尾浦は日直日誌を探していた手を止めた。声の主である山尾はごみ箱を持ち上げた状態で尾浦を見ている。

「ごめんな、日直じゃないのに」
「ううん、平気。日誌、よろしくね」

 女子にごみ捨てをさせるのは心苦しいが、尾浦には日誌がある。山尾を見送って尾浦も再び机から日誌を発掘する作業に戻った。不思議なことになかなか見つからない。担任から受け取った記憶はあるのだが。

 本来ならば、今日の日直は尾浦と、隣の席の千葉だった。今日の放課後部活の練習試合で他校に行く。だから放課後の日直の仕事はできない。千葉がそう言ったのは昼休みのことだった。

「あー、いいよ別に」
 それは本心だった。放課後の日直の仕事は簡単な教室掃除にごみ捨てと、日直日誌の提出くらいだ。放課後に仕事をできないことを気にしてか、千葉は授業合間にある黒板消し作業や教師の手伝いをほぼやってくれていた。むしろ放課後は尾浦が全て仕事をして釣り合いが取れるくらいだろう。そう思っての返事だったが、千葉はそうは考えなかったらしい。

「ということで、放課後は代わりに幸にお願いした」
「お願いされました」
 それまで黙っていた山尾が、びし、と敬礼を決める。
「いや、 別にほんと一人でも」
「尾浦に貸しは作れないから、幸に貸しを作ることにした」
 そう言った千葉は渋い顔をしていた。責任感の強い千葉にとっては苦渋の決断だったのだろう。山尾なら頼んだらすぐ引き受けてくれそうなあたり、逆に頼みづらかったのかもしれない。
「瑞樹の代わりということなので、遠慮なくこき使ってください」
 山尾が真面目な顔で言う。その様子がおかしくて尾浦は小さく噴き出す。
「千葉の代わりとか逆に使いづれー」
「えっ」


 放課後、「ほんとごめん」と言って部活に向かう千葉を二人で見送った。「練習試合、頑張ってね」「ファイトー」他のクラスメイトも掃けて、教室に尾浦と山尾の二人が残される。

 基本的に、放課後の日直の仕事は少ない。ただ、今日は水曜日だった。普段なら日直日誌とごみ捨て、教室の整理整頓で済む仕事だが、水曜日は職員会議のため、整理整頓が教室内の簡易清掃ち取って代わる。千葉が山尾に代打を頼んだのもそれを気にしてのことらしかった。尾浦はこの簡易清掃のことをすっかり忘れていたので、助かったというのが正直な気持ちである。
 二人で教室を掃き終わり、作業はごみ捨てと日直日誌が残されるばかりになった。
「あー、俺」
 女子をはるばるごみ捨てに行かせるのはさすがに心苦しいと思っての発言だったのだが、続く「ごみ捨て行くよ」はほかでもない山尾に遮られた。
「尾浦くん、日誌お願いしてもいい?」
「え、」
「ほら、私瑞樹の代わりだから。一応日誌は日直が書いた方良いかなって」
 たしかに、言われてみればその通りだ。おとなしく申し出を受け入れる。
「わかった。じゃあごみ捨てはごめん、頼むわ」
「了解」


 教室を出ていく山尾を見送って、尾浦はようやく見つけた日誌の記入をはじめる。日誌はスクールバッグの中に入っていた。今日の日付と、曜日。当番の名前は尾浦と千葉で良いだろう。最後の日直記入欄に山尾さんが作業を手伝ってくれました、の文面を入れておけば、あとで何か言われることもあるまい。

「……」

 何日か前、自動販売機前で聞いた会話のことを尾浦は誰にも言わなかった。それは山尾の彼氏が悪意を疑うにはあまりに普通の、というよりはむしろ好感が持てる男子生徒だったというのもあるし、側から見ているだけの尾浦が何らかの判断をするのには、二人について知っていることがそもそも少なすぎたのだ。あの山尾が交際の顛末について嘘を言うとは思えないし、おそらく嘘をついているのは彼氏の方だろう。しかし、友人の前でのちょっとの見栄、なんて覚えは尾浦にもある。本来ならそれは誰に見咎められる必要もないものだ、という意識もあった。
 実際、尾浦が聞いたその会話を除けば、山尾とその彼氏の交際に目に見えた問題はない。交際からひと月ほど経った今では、山尾に対して過保護の気のある千葉が山尾の彼氏について何かを言うこともなくなっていた。


 一限数学、三角関数。津島くんが寝てました。二限、古典。津島くんが寝てました。津島のおかげで時限ごとの一言がスムースに埋まる。持つべきものは友人だ、なんて馬鹿なことを考えながら、三限の欄を埋めた。体育。津島くんが起きました。


 時間割を四、五、六と埋めて、今日のコメントを書き終えても山尾は戻ってこなかった。おかしい。尾浦は首をひねる。教室から目的地まではたしかに少し距離があるが、それほど時間がかかるような距離ではない。仮に真面目な山尾が外にあるごみ集積所に行くために靴を履き替えることをしたとしても、さすがにもう戻ってきていてもいい頃合いだった。偶然会った友達との会話に盛り上がっている? 真面目な山尾が仕事を後回しにするとはそれこそ考えにくい。

 探しにいくか。
 少しの思案のあとにそう考えたのは、職員会議の開始時間が迫っていて日誌の提出が時間に間に合うかが不安になったのと、"千葉の代わり"である山尾に何かがあった場合の千葉の反応が恐ろしかったからだ。先ほどまで考えていたことのせいか、妙な不安もあった。千葉とよく話すようになって、彼女の過保護が移ったのかもしれない。それに、どうせ尾浦は日直なのだ。山尾とごみ箱が戻らないことには尾浦もいつまで経っても帰れない。行きがけに日誌を提出して、そのまま山尾を探そう。入れ違いになっても山尾なら日誌の提出に行ったことを汲んでくれるはずだ。
 自分の中のお節介にそう折り合いをつけて席から立ち上がる。立ち上がったところで、机に掛けられたスクールバッグが目に入った。

(貴重品……)

 少し考えて、制服のポケットに財布と携帯が入っていることを確認する。そして山尾のスクールバッグを肩にかけた。二つのスクールバッグを持つよりはましだ。どうせ後でごみ箱を戻しにくるのだし、他のものは戻ったときでいいだろう。
 そう判断して、山尾のスクールバッグと日誌を携えた尾浦は教室を後にした。


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