「彼女と別れたってほんと?」
「ほんと。めっちゃあっさり振られた」
「ウケる」
「いや慰めてよ。俺今超傷心よ?」
「えーじゃあさ、新しい彼女なんてどう?」
失恋の傷に新しい恋をというのも変な話だが、傷付いてもないのに傷付いたふりをすることも同じくらいに変な話だ。尾浦の嘘に目の前の彼女の欺瞞。釣り合っているし、何より互いに了承済みだ。だからそれでいい。そういう"ノリ"なのだ。
軽い申し出にこれまた軽く「いいよ」と返して、尾浦にまた新しい彼女が出来た。
告白を受け入れるとき、いつも津島を思い出す。『なんで!お前が!』彼女が出来たと報告するたび、津島は全身全霊の全力で悔しがる。思い出すだけでおかしい。小さく笑った尾浦に気がついたのだろう、新しい彼女が尾浦の顔を覗き込んだ。
「どうしたの、ケイト。可愛い子でもいた?」
女子は恋バナが好きだな、と思う。それから、彼女という生き物は名前を呼ぶことが好きだな、とも。尾浦慧人の下の名前を呼ぶのは、家族と代替わりしていくカノジョくらいだ。
友人たちにも一応報告をしておくか、と思いついたのは、彼女が出来てから数日経った昼休みだった。会話が途切れたタイミングで口を開く。
「そういや彼女できた」
「出た」
津島が持っていた弁当箱を机に叩きつける。「毎回毎回!なんでお前が!独り身期間何日だよ」期待通りの反応に満足した尾浦に変わって、津島の質問には河内が答えた。
「2週間」
「はいモテ男爆発しろ」
無駄に箸の持ち方が良い津島によって、弁当の唐揚げがひとつ攫われていく。流れるような動作に止める隙を見失い、津島の口に唐揚げが消えていくのを見ながら恨み節を吐く。
「僻むなよ非モテ」
「お前なんか女の敵だし男の敵だ」
「それは俺も同感」
「四面楚歌」
不貞腐れる尾浦に、涼しい顔で河内が口を開く。二対一だけどな。
「コーチのそういうとこめんどい」
「わかる」
「お前ら……」
「え、なに、尾浦またカノジョできたの」
会話が聞こえたのだろう、食いついてきたのは隣の席の千葉だった。千葉と一緒に弁当を食べていた山尾も、釣られてこちらを見ている。津島が机の下で河内の足を突く。河内が津島の足を踏みつけた。どうでもいいが、尾浦の足を巻き込むのはやめてほしい。
「そ、できたの」
「女の敵だよな」
「敵だわ」
千葉が頷く。我が意を得たり、という顔をしたのは津島で、山尾は感心したような声をあげた。
「尾浦くん、すごいんだね。モテモテだ」
「尻軽って言ってもいいのよ、幸」
「尻軽、は、男の子には言わないんじゃないかな……」
そこかよ、と津島が笑う。
「千葉も山尾もひでー」
「え、え、ごめん……?」
「ほんとのことでしょ」
見事に対照的な反応だ。箸を置いてひらひらと手を振りながら、申し訳なさそうな顔をしている山尾に声をかける。
「山尾、ジョーダンだから」
「そうそう、気にしなくていいよ」
「千葉は辛辣すぎ」
「なんのこと?」
ふざけた掛け合いをしながら、箸を持つついでに隣の河内を肘で揺らす。
「千葉といいコーチといい、俺に辛辣なんだよ」
「……自業自得だろう」
「あ、なに?また再起動?」
千葉が問いかける。
「再起動?」
この前のやり取りを知らない二人、津島と山尾が同時に首をかしげた。それを受けて尾浦が答える。
「そ、再起動。こいつもう17年前の型だからすぐ処理落ちすんの」
尾浦の言葉に千葉はついに爆笑して、山尾も合点がいったのか控えめに笑う。
「人を旧型の機械のように言うな」
「おはよ、コーチ」
「寝てない」
ひとり話についてこれなかったらしい津島が声を上げる。
「それにしてもさぁ、」
続いたどうよこいつ、のこいつとは尾浦のことだ。
「どー思います、これ。付き合ったり別れたり、中学生のときからずっと」
「げ、中学からとか」
筋金入りじゃん、と千葉が顔を顰める。
「昔から女の子に人気あるんだね」
山尾は先程からオブラートに包むのが上手い。本気で思っていそうなあたり、やっぱり人が良いのだろう。
「人気も人気!超モテんのこいつ」
うらやましー、と口にした津島に千葉が呆れた顔をした。
「ここまでだといっそ感じ良いわ」
「だろ、愛すべき馬鹿」
「あんたは印象悪いけどね」
「手厳しいなー」
見ようによっては殺伐としている尾浦と千葉の会話を、山尾は笑いながら聞いていた。どうやら慣れたものらしい。
「千葉は彼氏作らないの?」
「私の青春は部活に捧げるって決めてるから」
にべもなくそう返ってくる。
「あと、私は好きじゃない相手とは付き合わないの」
これは確実に尾浦に向けて言っている。が、当の尾浦は笑って流して、反応したのは山尾だった。山尾の肩が大きく揺れる。
「あ、違う!幸のことじゃないから!」
「千葉が山尾いじめたー」
「津島うっさい!」
茶々を入れた津島を一睨みして、千葉が山尾に向き直る。「この際だから言うけど、」
「幸、変だと思ったらすぐ私に言うんだよ」
「お母さんかよ」
「尾浦うるさい。幸も笑わない。幸は思い悩むと変な方に突っ走るから」
「瑞樹、本当にお母さんみたい」
山尾にまでそう言われて、私は本気で言ってるのに!と千葉が声をあげる。わかってるよ、と山尾が答える。
「瑞樹は心配してくれてるんだよね、ありがとう」
「……」
「はじめこそちょっとむりやりだったけど、付き合ってからは何もされてないよ」
「そのはじめのむりやりが問題なんだってばー……」
初彼氏がむりやりなんてあんまりだ、といったきり黙り込んだ千葉は案外恋愛に夢を見ているのかもしれない。少し意外だった。
「それは、まあ、そうだけど」
千葉の言い分に同意するところがあるのか、応じる山尾も歯切れが悪かった。女子はそういうものなのかもしれない、と思いつつ、尾浦が会話に割って入る。
「むしろそんなもんじゃね?俺も初カノジョはほぼ成り行きだったよ。中1のとき」
そう言い放った尾浦を、キッと千葉が睨みつける。
「幸とあんたを一緒にすんな!」
「それに関しては返す言葉もない」
「ごめんね尾浦くん、瑞樹今気が立ってるというか」
「私は野生動物じゃない!」
荒れる千葉を見ながら、津島がなんでもないように口を開く。「ていうかさ、」「?」
「さっきから好きじゃないやつとは付き合わないとか初彼氏がどうとか、千葉って結構乙女なのな」
「……」
千葉が黙って立ち上がる。山尾がそっと千葉から目を逸らす。頼みの綱である山尾だが、これは仕方ない。津島は愛すべき馬鹿で気の良いやつだが、たまに恐ろしく空気が読めないところがあるのだ。
次に起こりうる事態を予想しながら、尾浦は心の中で津島に合掌をした。