(※名前変換なし)



誰かと愛し合うって、どんな感じだろう。
いまだに誰かを心から愛せないでいる自分。
ひと時の恋にかまけて、ただ逃げているだけ。

そんな愚かな自分が、本当の愛を得られないのは、きっと罰だ。


* * * *

「檜佐木ぃ〜」

かすれ声を上げながら、よそ様の隊の執務室をふらふらと縦断する。
執務室の一番奥にいた男は、校正中の原稿片手に完璧に迷惑そうな顔をしている。

「変な声で呼ぶなよ。つーか、まだ勤務時間中だけど」
「あと30分じゃん、いいじゃん!話聞いてよ」
「終わったらな。八番隊に帰れ、仕事しろ」
「あたしの仕事はもう終わったのよ!」
「お前いつも本当に仕事してんのか?」
「別れちゃった」
「話飛ばすな」
「いいから聞いてよー」
「なんでお前が男と別れるたびに愚痴聞かなきゃならねぇんだ?」
「あたしと檜佐木の仲じゃん、ね?」
「…わかったから、泣くな」
「何言ってんの、泣いてないし」
「あーはいはい、そこのソファ座って待ってろ」
「ねぇちょっと。泣いてないって」
「おとなしくしてないと伊勢に迎えに来てもらうぞ」
「すんません」

やだな、泣いてないのに、檜佐木め。
確かに両目からは水分が溢れ出しそうだけど、まだ流れてはいないし、断じて涙ではない。なんであんな男のために泣かなきゃいけないの、理解不能。もうすっぱり別れたんだし。

檜佐木の席の隣にある応接用ソファにドサッと身を投げた。
早く終われー。あと30分くらいいいじゃないか、本当に律儀なやつ。副隊長のくせに、ちょっとは権力振りかざせ、もっと偉そうになれ馬鹿。まぁ、そんな態度したら間違いなく殴るけど。

あー、ダメ。一人でいると、馬鹿なことばっかり考えちゃうのに…。
ほんのちょっといいな、って思った人と、気づいたらいつの間にか寝てて。ずるずるセフレみたいな関係続けて、でも抱き合っている瞬間だけは本当に、この男となら死んでもいいって思ってた。
でもその後はもうお決まり。
相手があたしに飽きて捨てるか、浮気するか、もしくは本気になって束縛するか。
そうなるとあたしの心は嘘のように冷めるからそこでお終い、ハイさようなら。

何回目だっけ。こんな風に男と別れるの。檜佐木のところに来るの。ヤケ酒に付き合ってもらうの。
数え切れないや、やめた。
だって仕方がないと思うよ。あたしが本気で付き合える男なんていない。
あ、違う。あたしと本気で付き合ってくれる男なんていない。
…結果的には同じか。

相手が嫌いになったわけじゃない。
こんな自分が心底嫌い。
ただそれだけ。


「おい!」
「ふがっ?!」
「行くぞ、愚痴大会」

ソファに寝転がって両腕で目元を覆っていたら、檜佐木に鼻をつままれた。そして檜佐木はさっさと執務室を出て行く。
気づけば辺りには勤務終了を告げる鐘の音が響いている。でも、檜佐木の机の上には未処理の書類がまだ山積み。
この光景も、もう何回目だったかなぁ。



* * * *

「おかわりくださーい」
「お前飲みすぎ…すいませーん今の無しで」
「ちょっと勝手に何言ってんのっ」
「連れて帰る身にもなれ」

檜佐木がグラスを傾ける。中身は氷が溶けて薄まった烏龍茶。お酒は私に付き合って最初の一杯だけ。
これもまた、いつものこと。

「眠―い」
「おいここで寝るな。帰るか?」
「やだ帰らない」

帰らないって言ってるのに、檜佐木はさっさと会計を済ませてしまった。
あたしの意識があろうとなかろうと、檜佐木はあたしにお金を払わせたことなんて一度もない。一応副隊長だから、なんて言っちゃって。もっと昔、副隊長になる前までは何て言ってたっけ。
とにかく、檜佐木はそういう男だ。

檜佐木の前では安心して酔いつぶれることができる。そんなあたしに、檜佐木はいつも黙って背中を提供する。あたしはそれに甘えて遠慮なく身を預ける。
そう、あたしは檜佐木に甘えている。

檜佐木がゆっくりと歩くリズムが心地いい。
大きくて暖かい背中にくっついていると安心する。

「おい、起きてるか?」
「…んー」
「全然愚痴らなかったじゃん」
「そう?」
「言い足りねーんじゃねぇの?」
「…も、いい。あんな男、忘れた」
「おー忘れろ忘れろ」

…なんでかな。
檜佐木と一緒にいると、もやもやしてた胸の奥の嫌なことも、どうでもよくなってしまう。
なんで…なんて、本当は分かっているけれど。
あたしはそれに背を向ける。


- 1/2 -
[ *prev | BACK | next# ]

- ナノ -