「蓮見さん、よくここにいるから前から不思議に思ってたんだけど。ここって八番隊の管轄でしたっけ」
「いえ…私が志願してこの仕事をさせていただいているのです」
「本が好きなの?」
「はい、大好きです」

本が好きだ。読むのはもちろん、古書を修復し、そこに込められた先人達の叡智を汲み取っていく時の、わくわくする気持ちは何物にもかえられない。本に囲まれていられるこの仕事は私にとって天職だ。そう思うと自然と顔がほころんだ。

阿近さんはそう言った私をじっと見つめて、今度は本当にはっきりと、微笑んだ。阿近さんが、笑っている。

「そうなんだ」
「は、はい…」

初めて見る阿近さんの本気笑顔にドキドキし過ぎて、どもる私を阿近さんはまたしばらくじっと見つめていた。…そんなに見つめられると、困ります。
阿近さんは、たまにこんな風に、黙って人を観察していることがある。
私はどうしていいのかわからなくて、整理途中の本を胸に抱いたままうつむいた。

「蓮見さん、非番の日は何してますか」
「え?えー…、非番は…」
「彼氏とデート?」
「えっ?!いえ、恋人は…おりません」
「あー。じゃあ読書とか?」
「…えー、最近あまりお休みをいただいていなくて…」
「最近というと?」
「ここ三ヶ月ほど…」
「……三ヶ月、ですか」
「あの、はい…」
「俺以上ですね」

はー…と阿近さんはため息をついて、やっぱりか、と呟いた。さっきまでの柔らかい表情は一変。眉間に皺を寄せ、まるで怒っているような顔。

「俺がいつどんな時間に来ても必ずいるから、まさかとは思ってたけど…。京楽隊長、そんなに厳しいですか?」
「いえ、京楽隊長も伊勢副隊長も、きちんと休むよう言ってくださるのですが…」
「じゃあなぜ?」
「仕事が、好きなので…」

そう言った私を阿近さんは一瞬面食らったように見つめて。そしてまた、柔らかな表情に変わった。
本当に、表情だけで人が変わったように変化する人だと思った。

「蓮見さんの仕事は、見事だと思います。いつも期待以上に完璧だ」
「そんな、とんでもありません。私なんて、まだまだで…」
「蓮見さんの真面目過ぎるくらいな仕事振りは技局でも評判ですよ」
「ありがとうございます。ですが、隊長にもよく…『君は真面目過ぎるところが良いところでもあり、悪いところでもある』と…」
「なるほど」
「もう少し不真面目、というか、羽目を外した方がよいのでしょうか。その方が周りの方々も愉快に思ってくださるかもしれないし。宴の席で余興などご披露したりとか…」
「…」
「…あの、私何かおかしなことを申しましたか」
「…いや、つい」

くく、と。口元に手を当て、喉の奥でこらえるように笑い声を出す阿近さん。

「俺はそのままでいいと思いますがね。真面目なことは、悪いことじゃない」
「そうでしょうか」
「俺は真面目な蓮見さんが好きです」
「……」
「好きです」
「…すみません、ちょっと意味が、」
「言葉のとおりです」
「……いや、おそらく私、言葉の意味を自分に都合よく解釈しています」
「明後日、休み取って」
「は?」
「飯でも行きましょう。俺も非番なので」
「……すぐに、休暇申請を」
「蓮見さんなら二つ返事で休み取れるだろうな」



変わる、変わる

何かが変わる予感がする。




(礼儀正しくもマイペースな阿近)

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