塗りたくられた化粧。飾り付けられ結われた髪。不自然なほど真っ白なベールとドレス。
目の前の鏡に写るのはお人形のような女。
そんな私に、上っ面だけの誉め言葉を並べ立てる使用人たち。

吐き気がする。

使用人たちに付き添われ、支度部屋を出る。
扉の外には護衛の阿近が立っている。今日もいつもと変わらない、黒ずくめのスーツに身を包んで。

「…阿近」
「はい」
「どうかしら」

阿近の前で立ち止まり問うと、阿近は私の足元から決して目を離さずに言った。

「お綺麗です」


…嘘つき。

使用人に手をとられ、ドレスの裾を持たれながら、チャペルへと向かう。阿近は私の数歩前を歩く。決して後ろを歩く私の方を振り向いたりはしない。

嘘つき、嘘つき、嘘つき。
こんな作り上げられた姿が綺麗だなんて、阿近はそんなこと思うはずがない。


チャペルの外で、父の隣に立つ。
この絨毯を歩いた先に待つのはこれから先、夫と呼ばなければならない男。神の前で、偽りの誓いを交わす。
この結婚により我が家に得られる安泰や、一刻も早く跡取りを産むこと。そんなようなことを父は話した。私はいつものように、「はい」と答える。父親の言葉に逆らってはならない。これまでも、これからも、変わらない私。

ふと、懐かしい煙草の匂いが鼻をかすめた。振り返ると、少し離れたところに阿近が立っている。
阿近の強い瞳が、私を射抜くように見つめ返した。

…初めて会った時から、あの瞳に見つめられるだけで、私は理性を失いそうになった。
あの人が欲しい。あの腕に抱かれたい。優しく髪をすいてほしい。…愛されたい。
あの瞳の前でだけ、私は私をさらけ出せる。

父の制止の声を背に、赤い絨毯の上から走り出す。驚きの表情を浮かべる阿近の胸の中へ飛び込んだ。
例えあなたが私を受け入れてくれなくてもいい。都合のいい女でも構わないから。お願いだから、私をここから連れ出して。

ゆっくりと、阿近の手が私の髪に触れた。
見上げると、葛藤するように眉間に寄せられていたシワが、ゆるんだ。


「…せっかくの綺麗な髪が、台無しだ」

そう言って、困ったように笑んだ阿近に抱きしめられる。
涙が溢れた。あなたのために伸ばした髪だから、これから先も、あなただけに誉めてもらえればいい。

ベールを剥ぎ取り、結われた髪をほどく。おろした髪に風を受けながら、阿近に手を引かれて走り出した。決められたレールを抜けて、自由な道へ。



輝く陽の光の下で、
あなたと手を繋いで歩けるだけでいい



* * *

過去拍手をほんの少し修正して再UP。
2014.4.27

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