仕方がない。少し恐れを感じながら、男のそばにしゃがんだ。

「…あのー…スミマセン?大丈夫ですか?」

反応は無く、ピクリともしない。再度声をかけるために、男の耳元に顔を近付けた。
その時、男の顔に傷があることに気付いた。
しかも、血が流れ出している。辺りが暗くて気付かなかった。よく見れば、衣服は汚れているし、頭の下になっている右腕からも血が流れ出していた。
どうしよう。動揺し、ほんの少し後ずさる。
酔っ払いじゃなかった。
これはやはり警察を呼ぶべき?いや、それより救急車?酔った頭では冷静な判断が出来ない。誰かに助けを求めたくても、日付も変わった深夜に人影はない。

その時、男の肩がピクリと動いた。
あぁ、生きている、とりあえず。それが確認できただけでほんの少し安堵する。

「ねぇ、大丈夫で……」

顔を隠していた左腕の向こうから、男の目が見えた。
薄く開いた左目。横目でこちらを見つめている。

いや。睨んでいた。
鋭く光る、強い眼。言葉を続けられなかった。
ドクン、と。心臓が鼓動する。
目をそらせない。呼吸さえも忘れた。

近付くな。
男の眼は、そう訴えていた。
視線が繋がっていたのは、ほんの数秒。なのに、その一瞬の間に、まるで肉食獣に見据えられ死を覚悟した小動物のような気分になった。
その時男の瞼がふっと閉じた。同時に、私は忘れていた呼吸を開始した。
いまだにドクドクと鼓動し続ける心臓。コクン、と。唾を飲み込んだ。

ハンドバックを肩にしっかりとかけ直す。そっと、しかし迷い無く、男の体に触れた。不思議と恐怖はない。

「……よっ…と…ッ…」

渾身の力で男の上半身を抱き起こした。

「……ぅ…ッ」

男が小さく低く、呻く。眉間には深くシワが刻まれる。
服で隠れて見えないが、恐らく全身に怪我をしているのだろう。
男の腕を自分の肩に回し立ち上がり、なんとかカードキーを滑らせ、開いた扉に体を滑り込ませる。

迷いはなかった。
きっと、この男の目を見た瞬間から、こうしようと思っていたんだ。

後悔は、なかった。



And that's all…?

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