* * * 「やだ、ひっどいブスな女がいる」 「…悪かったわね」 「どうしたの、しばらく会ってなかったと思ったら、肌つや最悪だし、目の下のクマ隠せてないし。化粧品会社の社員がそんなんじゃ、イメージ悪くなるわよー?」 社食のランチプレートを持った乱菊はまじまじと私の顔を眺めながら、テーブルを挟んで向かいの椅子に座った。開口一番ブス呼ばわりなんて、本当にはっきりした女。昔からそうだ。 「本当久しぶりだね乱菊。どうだった?フランス出張。おみやげ買ってきてくれた?」 上がらない口角を無理矢理吊り上げて笑顔を作りながら言うと、乱菊はバンッと勢いよく手のひらでテーブルを叩いた。ランチについてきたサラダのミニトマトが宙を舞った。 「ちょっと、わざとらしく話そらさないでくれない?そんな打ちのめされた顔して、何かあったのはわかっているのよ!私に言えないようなこと?私とあんたの仲なのに、言えないことなんてないでしょう!言いなさい!」 乱菊のものすごい大声が広いカフェテリア中に響き渡った。周りの人が驚いて、こちらに注目していてもお構いなしだ。ただでさえ綺麗な乱菊は目立つのに。 乱菊は昔からこうだ。私が落ち込んでいようものなら全力で理由を聞き出してくる。そして全力で一緒に悩んで、助言してくれる。学生の時も、同じ会社に入ってからも、いつだってそうだった。 「乱菊…」 真っ白なテーブルに涙が落ちた。本当はずっと乱菊に聞いてほしかった。昔から、私が本音を打ち明けられるのはこの子だけだった。 「もう、なに泣いてるのよ」 「私もう、どうしたらいいか…あの日からずっと、苦しくて…」 「いいから、全部話してごらん」 乱菊の声はさっきと打って変わって優しい。私は乱菊のそんなところに弱い。 私は阿近と初めて出会った時のことから、阿近が去っていったことまで乱菊に話した。乱菊は黙って聞いてくれていた。 話し終えると、乱菊は深く息を吐きながらこめかみに綺麗な指先を当てた。 「つまりあんたは、怪我して外に転がっていた怪しい男を部屋に連れ込んで?」 「うん」 「介抱したやった挙げ句に、そのままその怪しい男を、女ひとり暮らしの部屋に住まわせて?」 「うん」 「その男の素性はなにも知らないまま、そいつを好きになったと?」 「…うん」 「でもそいつは出ていっちゃって、あんたはそんなに泣いていると?」 「うん」 指先でこめかみをぐりぐりと揉みながら目を閉じていた乱菊は、いきなりカッと目を見開いて叫んだ。 「馬鹿じゃないのあんたは!そんなどう考えても堅気じゃない男にほだされるなんて、あんた…本っ当にあんたって子は…!」 「ご、ごめん、乱菊、落ち着いて…」 「だいたいその前に、彼氏と別れたことも聞いてない!いつ?!」 「乱菊がフランス出張に発って、わりとすぐ…」 「理由は?!」 「向こうが浮気を…」 「なんですって?!どうして言ってくれないのよ!」 「言ったら乱菊すぐに帰国するって言い出しそうで…まだ落ち着かない時期だったろうし、パリ支社の方々にも迷惑が…で、こっちもその後阿近のこととかでバタバタしていて…つい言いそびれて…」 「あんたのその秘密主義は病気みたいなもんだって諦めてるけど、私には何でも言うって約束でしょう!ひとりで抱え込むなって、あれっほどきつく言っていたでしょう!!」 「…ごめんなさい」 わたしがぽつりと謝ると、乱菊はテーブルの上に乗り出していた上半身を戻した。そしてため息をついて、すっかり冷めたパスタをくるくる優雅にフォークに巻き付け食べ始めた。 「…今日雪那の部屋行っていい?明日休みだし、泊まる」 「うん」 「一緒に寝よう。ゆっくり話聞くから」 「…うん」 |