阿近がこの部屋を出て行ってから、1週間が経った。
数ヶ月もの長い間、この部屋で私以外の誰かが生活していたなんて信じられない。それくらい忽然と、すべてが消し去られていった。

阿近が出て行った次の日。私は心のどこかで、仕事から帰って部屋に入れば、また何事もなかったかのように阿近はそこにいるような気がしていた。いつものように、たくさんの本を散らかして、この本棚の前で…。

でも阿近は帰ってこなかった。
次の日も、その次の日も。

阿近がいつも座り込んでいた本棚の前に立つと、いつもバラバラに詰め込まれていた本が、すべてシリーズごとに揃えられていることに気づく。一体、いつの間にしたのだろう。
ふっ、と力が抜けて、床に膝をつく。心の中はなんの感情もなく空虚なのに、何の前触れもなく涙だけがあふれ出して、ぽたぽたと床に落ちた。
棚に並んだ本にそっと手を触れる。阿近はもう、戻ってきてはくれないのだ。この綺麗に揃えられた本は、その意志表示なのだ。そう悟った瞬間、私は棚から力任せに本を引き抜き、次々と部屋中に投げつけた。

どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。出て行ってほしくなんかない。ずっと傍にいてほしかった。本当は、阿近が何者でも構わない。そんなことはどうでもいい。
ただ、ここにいてほしかった。

どうして素直にそう言うことができなかったのだろう?
苦しい。息がうまくできない。吸うことも、吐くことも。今までどうやって呼吸をしていたのかわからない。出てくるのは涙と嗚咽だけだ。
投げる本が無くなったとき、私の喉からか細い悲鳴のような声がもれた。
声を出して泣くことなんてできない。私はもう子どもじゃないのだから。こんな時でさえ強がる自分自身が、私は本当に、大嫌いだ。
本で埋まった床に突っ伏し、自分の身体を両腕で抱きしめた。どんなに力をこめても、まるで感覚がない。

「…阿近…っ」

あの日以来決して口にしなかった名前が、堰を切ったようにあふれ出す。

「…帰ってきてよ…」



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