「……」
「……」

沈黙が苦しい。阿近は今何を考えているんだろう。

「雪那」

気づかうような阿近の静かな声。そんなの聞くに耐えない。

「…もう最悪。なんで今頃来るんだろう」
「…元カレ?」
「そ。もー最悪の男だったのよ。別れて、正解…」

ぽた、と床に雫が零れた。

…どうして?

ぽたぽたと床を濡らしていく涙の意味がわからない。

「雪那」
「……っ」

阿近がそっと私の手をとる。リビングまで手をひかれていき、ソファに座らされた。隣に座った阿近はまだ私の手を握ったまま離さない。
知られたくないと思っていたのに、今はもう話さずにはいられない。
ずっと誰かに話したかった。でもその『誰か』は誰でもいいわけではなくて。だから誰にも話せなかった。
今、阿近に話したい。受け止めてほしい。

「…別れた理由、ね」
「うん」
「…相手の浮気」
「そうか」
「…たまたま仕事を午後から休んで、スーパーで買い物をして帰ったの。忙しくてろくに料理もしていなくて。久しぶりに手の込んだ料理を作って彼と二人で食べて、忙しさですれ違い気味だったからつのる話をしようと思っていたのよ」
「うん」
「そしたら玄関には女物の靴。寝室を開けてみれば彼と知らない女が私たちのベッドに寝ていたわ」

そう正にあのベッドに、彼と見知らぬ女が寄り添って寝ていた。布団から出た服をまとわぬ肩が、全てを物語る。2人は一瞬放心して。
彼の腕の上に女の頭があって。腕枕していたのね。
その時、私は彼に腕枕してもらったことがないって気付いたの。別にしてくれと頼んだことはなかったし、してほしいとも思っていなかったけど。彼もしてくれようとはしなかったけど。
彼女は自分から腕枕をねだったのかしら。それとも、彼から腕を差し出したのかしら。
どちらにしても、私はその時点で完全に負けていたの。勝ち負けなんてないと思うけれど、あの時の敗北感は忘れられない。
私を見た瞬間、彼女は彼に身を寄せて、彼は彼女の乗った腕で守るように彼女を抱き寄せた。

あぁ、なんなのかしら。
まるで私が悪者みたいじゃない。
私は2人にとって邪魔な存在だったのよ。2人の幸せを阻む邪魔者。


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