ピンポーン

「はーい…」

扉を開けると、見覚えのある靴が目に入った。
まさか。
信じられないままに見上げると、二度と会うこともないと思っていた男…二度と会いたくはなかった男がそこにいた。

「久しぶりだな、雪那」
「…何の、用?」

声が震えた。
ゆっくりと玄関の中へと入ってくる元・恋人。入室を拒否することもできず、後ずさった。

「俺の荷物、まだ残ってただろ?取りに来たんだよ」

扉に背をつけ、決して私と目を合わせようとしないまま淡々と話す彼。
その姿を見ていて、込み上げてくる。心の奥にしまいこんだはずの感情。何かが私の心を冷たく凍らせていくような気がした。
阿近と出会ってからは、忘れていたのに。こんな、醜い感情。

「…帰ってよ」
「荷物取りに来ただけだって言ってんだろ?」
「あんたの荷物なんてないわ。全部捨てたもの」
「お前…っふざけんなよ!」

怒鳴る彼を冷たく睨むと、後ろで物音がした。

あぁ。
阿近には、聞かれたくなかった。知られたくなかったのに…。
彼もそれに気づいた様子で、私の後ろで腕を組んで壁にもたれて立つ阿近を見、すぐに私の顔を見た。私が目を反らすと、彼は口端を吊り上げながら言った。

「なに、もう新しい男連れ込んでる訳?」

黙って。

「お前はそういう女なんだよな。俺と別れられて清々してるんだろ?」

黙ってよ…。

「なぁ、あんたも気をつけた方がいいよ。この女は愛情なんて持ってないから」
「やめ…」
「わかってねぇな」

耐え切れず声をあげようとした私を、静かに私の後ろに立っていた阿近が遮った。

「なんだと?」
「お前は雪那のこと何もわかってねぇよ」
「わかりたくもねぇんだよ!こんな冷たい生意気な女なん…」

ガァン…ッ!と。
鈍い音が夜の静寂に響く。

「黙れ」

阿近が腕を組んだまま右足で玄関の扉を蹴りつけたのだ。阿近の右足は、彼の身体の脇すれすれにあった。

「…なっ…なんだよ」
「雪那を悪く言うな」

足を扉に押し付けたままの阿近の低い声が彼を威圧している。いつもの飄々とした雰囲気は微塵もない。

「…くそっ…そんな女と付き合ってもロクなことねぇからな!」

彼が乱暴に扉を開けて出ていくと、阿近は彼の背中に向かってほんの少し舌を出した。

「いい捨て台詞だな」


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