軽く身支度を整え、恐る恐る(自分の家なのに…)リビングの扉を開いた。私が入ると、ソファに座っていた男がくるりと振り向いた。

「…もう動けるの?」
「…これ」
「え?」

これ、と額に付けられたガーゼを指差す。

「ありがと」
「…どういたしまして」

男はこちらを振り向いたまま、自分の隣をポフポフと手で叩いた。

「な、なに?」
「とりあえず座れば?」

お前の部屋か!
顔色ひとつ変えずに寝込みを襲ったり礼を言ったり席を勧めたり…。さっきからずっと思っていたけど、こいつ、変な奴だ。絶対に。
私が動かないものだから少し不思議そうな顔をしながらいまだにポフポフしてるし。

ポフポフポフポフ……

…深く考えるのはやめよう…
二人掛けのソファに胡座をかいて座る男から少し距離をとり、回り込みながら一人掛けのソファの方に座った。男はまた少し不思議そうな顔をしたが、ポフポフは止まった。

「雪那」
「ちょ、ちょっと待って?」
「なに?」
「…あなたが私の名前を覚えていてくださったのは有り難いから、呼び捨てなのはとりあえず許すわ。でも、私はあなたの名前どころか全てを知らないんだけど?」
「あぁ…」

そういえばそうだね、といった感じの反応。本当に今の今まで気にしていなかったみたい。
変な奴だ変な奴だ変な奴だ…
頭の中で警鐘が鳴っている気がする。

「名前は阿近」
「他には?家とか…」
「内緒」
「………」

内緒って何よ内緒って。可愛い子ぶってんのかコノヤロー。

「そのケガはどうしたの?」
「しばらくここに置いてくれない?」
「ちょ、待て。あたし今そんな話してた?」
「…さぁ?」

な ん な ん だ こ い つ は ッ ! !
逐一癪に触る話し方。人の話を聞かない飄々とした態度。あたしの名前は馴れ馴れしく呼び捨てにするし、まるで我が城のような偉そうな振る舞い…。
プツン、と何かが切れた。


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