「獄寺って一人暮らしなんだろ?」

結局そのまま放課後まで時間をつぶし、鞄を取りに教室に戻った。ら、野球バカのこの言葉。お前には関係ないだろう。つーかいきなりなんだよ。

「すげーなー、淋しくねぇの?」
「んなわけあるかよ」
「獄寺くんお金とか、どうしてるの?中学生なのに…」

十代目が気遣わしげに声をかけてくださった。十代目にご心配をおかけするなんて…ッ考えてみれば俺の生活について十代目にご報告したことはない。

「ボンゴレから生活費は毎月支給されています。心配には及びません!」
「あ、そうかー…ごはんとかは?」
「だいたいコンビニとかっすね」
「だからそんなに細いんだなー。ちゃんと食わなきゃダメだぜ」
「うるせーお前ほっとけ!!」

3人で帰る道すがら、うちに食いに来てもいいぜ!とか言い腐る山本はとりあえず無視した。ら、この調子こいた野球バカはこんなことまで言い出した。

「今日は野球の練習もないし、獄寺の部屋に遊びに行くかー!」
「あぁっ?!」
「なーツナ!ツナも見たいよなー獄寺の部屋」
「えぇっ!えっと、(獄寺くんの部屋って…ダイナマイトが大量にありそうで怖いんだけど)」
「ふっざけんな誰がお前なんか部屋に入れるか!それに俺の部屋なんかに十代目をお招きできるかっ!バカじゃねぇのかお前は!果てろ!」
「あ、実は俺たちに見せられないものとかあるんだろ?」
「あるかそんなもん!」
「(あながち間違っていないんじゃ…)あの、獄寺くんも嫌がってるしさ、山本」
「じゃー今度招待してくれよなー」

絶対なっ!なんて言って山本は手を振りながら去っていった。ったく、うぜぇ野郎だ。


「そういえば、獄寺くんの家ってこっち方面なの?」

2人で歩いていると、十代目に聞かれた。今日はやけに俺のことを聞かれる。

「いえ、逆っすね」
「えぇ?!じゃあなんでいつも…」
「十代目を敵からお守りし無事自宅まで送り届けなければ右腕の名折れです!」
「いや敵なんて…あのさ、ひとりでご飯ってやっぱり淋しいと思うし…獄寺くんさえよければうちでごはん食べていったら?」
「なっ!!」

なんてことだ…十代目をここまで気遣わせてしまうなんて…十代目のお宅で食事をご馳走になるなんて恐れ多いことを!お母様にも多大なるご迷惑をかけてしまう、それなのに…!そうだ、十代目は心の広いお人なんだ。こんな俺にさえ優しくしてくださる、でかい、でかすぎる男なんだ…!

「十代目ぇ!!」
「うわあ?!」
「十代目がそこまで俺のことを考えてくださるなんて…!」
「ちょ、獄寺くん泣かないでよ!」
「本当に気を使わないでください。自分のことは自分でこなします!」
「でも、ひとりは淋しいでしょ?」
「大丈夫です!それに…十代目のお宅には、アネキもいますし…」
「あ、そっか…(本音はそっちだな)」
「はい…」
「…じゃ、じゃあ気が向いたらいつでも来てね」
「はいっお疲れ様です!」

バッと頭を下げ、十代目がドアを閉める音を確認してから頭を上げた。
気分がいい。十代目に要らぬ心配をさせてしまったことには心が痛むが、沢田綱吉という男の器のでかさを今一度確認し、誇らしく思った。さすが俺が見込んだお人だ!

今まで歩いてきた方向とほぼ逆方向へと歩く。真っ直ぐ自宅に下校した場合と比べて、所要時間は役1.5倍。しかし全く気にはならない。

3階立てのアパートの階段を最上階まで上り、奥から2番目の部屋の前で鍵を取り出す。扉を開けると薄暗い玄関。奥の部屋のカーテンの隙間から漏れる夕日の赤い光が細く足元まで伸びている。

"ただいま"という言葉を最後に発したのは、いつだっただろう?それは、誰に向けられた言葉だっただろう。そんなことを考え始めるといつも、頭の奥でピアノの音色が響く。

「…チッ…」

こんなことを思い出すつもりではなかったのに。心の中の、どうすることもできないモヤモヤとしたものを振り払おうとするかのように、舌打ちが出た。玄関を上がり、物があまりないリビングに入り、ソファの隅に鞄を放った。ドサ、とソファに身を預け、無意識にポケットの煙草に手を伸ばす。

なぜだろう。自分の部屋なのに居心地が悪くて、すぐに立ち上がってベランダに出た。
柵に肘をついて煙をくゆらす。並盛の町と、その向こうに見える小高い山の向こうに夕日が沈んでいった。
だいたい、あの山本が俺が一人暮らししてることなんかに食いついてくるから…。それがさも大変で、淋しいことのようにされるから…。

「…淋しいとか、考えたことねぇし」

もう何年も、ずっとひとりで生きてきた。ひとりでいることが普通だった。俺がどんな生活をしているかなんて誰も気にしない。俺が食うものに困っていようが、助けの手を差し伸べる奴なんていない。

「変わったな…」

…ミシ、

「あ?」

ガタガタッ!

「どあぁ?!」

いきなり右側の壁が押し寄せてきた!いや、というか、俺の方に傾いている。

「な、なんだ?!」

このアパートのベランダは全ての部屋が繋がっていて、部屋と部屋の間は薄いパーテーションで区切られている。火災などの時、蹴破ってすぐに隣へ逃げられるためのものだ。つーことは、火事か!焦った俺はパーテーションの向こうに顔を出し隣を覗き込んだ。

「なっ…!」

なんだこれは!言おうとしたが言葉にならなかった。俺の目に飛び込んできたのは屋根まで届きそうなほど高く高く積み上げられた、ゴミの山。それらがベランダの許容量を余裕でオーバーし、俺の部屋の方へ崩れてきたというわけだ。

「お、おい!誰かいねぇのか?!」

隣のやつは一体何を考えているんだ!大声で部屋の中のほうへ呼びかけると、ゴミの山の隙間から人影が動くのが見えた。ガタガタと物をかき分け、非常識極まりない隣人が近づいてくる。一際大きくゴミの塔が揺れて、また俺の部屋の領域へとゴミが崩れてきたと思ったら、ベランダの柵に手が乗せられるのが見えた。

「はーい?」「おいコラ!このゴミ…」

ガタン!大きな音を出しながらヒョイと現れた、紺のハイソックスを履いた脚、小さい膝、白くて柔らかそうな、ふともも…?

3階のベランダの柵の上、普通絶対そんなところに足を乗せたりしないその場所に、女がしゃがみ込んでいた。ベランダには足の踏み場がないのだ。

「…何か用?」

横目でちらりと俺を見ながら女は言った。少し見下ろされている感じが気にくわない。が、伏し目がちなその眼はどこかで見た覚えがあるような気がした。何か用って…この惨状で何の用かわからないのか。

「ちょっと待って、今そっちに、」
「ばっ、危ねぇぞ!!」

そのままゆらゆらとこちらに来ようとするその女をなんとか押し止めた。というか、さっきからひらりひらりと風に舞うスカートと、そこから見える太ももとか下着とかが目に毒なんだよ!


がらくたの中からこんにちは
(ちょっ、お前とりあえずそこから降りろ!)
(…降りられない)
(あ?!)
(え、よく見たらここすごい高いじゃん何階?怖いっ)
(バカなのか!)

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