* * *

「お前から来てくれるなんて初めてだな」
「…昨夜のお礼を…部屋まで送っていただきありがとうございました。あと…今朝は取り乱してしまい申し訳ありません」

深く頭を下げた。隊舎裏の陽だまりで、春の暖かい風が髪をなびかせた。

「…他に言いたいことあるんだろ?」

下げた頭に檜佐木副隊長の静かな声が振りかかる。…どうしてこの人は全て分かってしまうのだろう?これ以上、この人に知られてしまうのが怖い。だから、言わなければ。

「…もう、私に関わらないでください…!」
「……」
「私は…誰とも馴れ合う気はありません…私なんかにかまわなくても、檜佐木副隊長の周りには他にもっと魅力的な方はたくさんいらっしゃるでしょう…」
「…きついな」
「…」
「惚れた張本人に、他の女すすめられるなんてな」
「…私には分不相応です…」
「そんな理由じゃないだろ。他に何か…お前自身の問題があるんだろ」
「……」
「…わかった」

檜佐木副隊長が去っていく気配がした。終始頭を下げていた。表情は見ていない。それでよかった。あの人の笑顔も、悲しげな顔も、あの人の全てが私の心を惑わせる…。あの人は、私なんかと関わらない方がいい。

私は、誰も好きにはならない。



* * *

隊舎へと歩きながら、予想を超えたダメージのでかさに正直驚いていた。まだ出会って数週間。最初の出会いは正直言うと最悪。近づいてみれば愛想はない、口数も少ない、笑顔を見せてくれたこともない、そんな女。なのにそんな女が気になって仕方がなかった。
なんだかんだ言って根は優しい。きっと、綺麗に笑える。なのにあいつは自分を殺している。綺麗な色の眼には光がない。何もかも引きずり込んでしまう底なし沼のような深く悲しい眼。その奥底で、きっとあいつは苦しんでいる。そう思えてならなかった。

「…本気になりかけてたんだけど、な」

いや、「なりかけ」なんかじゃなくて…
執務室の扉を開けると、書類を抱えた新入隊士と入れ違いになった。そいつが横を通り過ぎた時、ふと万葉のことが頭をよぎり、とっさにその新入隊士に声をかけた。

「なぁ」
「はい?」
「さっき俺を訪ねてきた女、お前たちの同期だろ?黒野万葉。どんな奴だ?」
「黒野万葉?」

新入隊士の女は怪訝そうな顔をした。


「いいえ、そんな子私たちの同期にはいませんが」
「…いない?」
「えぇ。今期の新入隊士は多くありませんし、全員の顔を覚えていますが、彼女の顔に見覚えはありませんし」
「……そっか。悪い、俺の勘違いだ。もう行っていいぞ」


『今期入隊いたしました、六番隊・黒野万葉と申します』

確かにそう言っていた。阿散井も『今年入った新人』だと。

「…どういうことだ…?」




And that’s all?

【薊(あざみ)】
花言葉…人間嫌い


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