その言葉は下手な慰めなんかじゃなくて、押し付けるわけでもなくて…。この言葉で私の心はどれだけ救われただろう。
忘れなくていいんだ。忘れてはいけないんだ。
目頭が熱くて、堪えきれずに涙が一粒落ちた。阿近さんがまた缶から煙草を取り出すために後ろを向いてくれたお陰で見られることはなかった。

「そういや、虚にやられた傷はもういいのか?」

急いで涙を拭っていると、阿近さんが振り返りながら聞く。あの時虚に切り裂かれた腹部の傷は、嘲蜜の力が発動していた時にほとんど塞がっていて、特に治療をする必要はなかった。でも…

「…傷、残るって」

嘲蜜の強力な力で無理矢理塞がれてしまった引き攣れた傷跡は、治すのは難しいと言われた。すると阿近さんは事も無げにいった。

「治してやろうか?」
「できるの?」
「技局の施術は独特だからな。他じゃ治せない傷を九割方治してやれることもある」
「すごい…」
「べっぴんさんに傷が残っちゃ台無しだからな」

そう言って阿近さんはニヤリと笑った。

「やるなら早い方がいいぞ。総隊長に言って明日からここに通う許可を…」
「…やっぱりいい」
「あ?」
「治さなくて、いい」
「…なんでまた?」
「…忘れないために」

そう、忘れないと決めたんだ。あの時の血の色も、痛みも。一生背負っていこうと決めたんだ。
阿近さんは眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。

「難儀なやつだな」

そこまでやれとは言ってねぇぞ、と言って阿近さんは少し困ったように笑った。その笑顔は温かくて、この人はきっととても優しい人なんだと思った。
阿近さんが担当になってくれてよかったと思った。

私が帰るとき、最初の男の子が「さっきは逃げちゃってごめんなさい」と言ってくれた。眼鏡をかけた小さな女の子が「またね」と笑ってくれた。今まで暗闇に隠れていた人たちがほんの少し顔を出して私を見ていた。みんな少し変わった人たちばかりだったけど、ここはそんなに怖い場所ではないと思った。


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