何がなんだか分からず呆然とその場に立ち尽くしていると、奥から声が聞こえてきた。

「馬鹿お前なんで逃げてんだ…」
「すみませんー…」
「来たの?例の子」
「局長はいないな?好都合だ」
「よし、お前行け」
「面倒ごと押し付けんなよ!」
「ここは鵯州の出番だろ」
「なんでだよ!俺は忙しいんだ」
「見張りはいつも暇だって言ってやがるくせに…」
「そうだよー阿近さんがいいよ」
「賛成ー」
「あーはいはい分かりました…」

そんなに人がいたのかと驚くほど、色々な声がざわざわと聞こえてきた。そしてどうやら決まったらしく、一人がスタスタとこちらに近づいてきた。

…鬼?
背が高く細身のその人は頭に三本の角が生えていて、深い深紅の眼は鋭く、銜え煙草も相まってかなり人相が悪かった。さらに面倒くさそうに白衣のポケットに手を突っ込みながら私を一瞥した。私が何も言えずに立ち尽くしていると、男性はくるりと後ろを向いて歩いていく。私はそのまま動かずにいると男性は気づいて立ち止まり私を振り返った。

「おいお前」
「え?」
「早くついて来いよ」
「あ、すみません…」

何か言ってくれてもいいのに…。少しおびえながら、さっさと歩いていってしまうその人を見失わないように小走りでついていった。

たどり着いた場所は研究室の一室で。室内は通路よりは明るかったけど、綺麗に整頓された部屋はどこか殺風景な感じだった。

「そこ座れ」

丸椅子を指差し、その人は頭をかきながら机の上の書類をひっくり返している。そして目的の書類を見つけたらしく、読み上げ始めた。

「黒野万葉。真央霊術院・特進クラス五回生。強力な霊圧制御装置の装着依頼…か」

どさっと黒革の回転椅子に座り、机の上の、現世のものらしい丸い缶の中から新しい煙草を取り出し火をつける。吐き出した煙が顔にかかって苦しかった。わざとしているような気がする。

「嘲蜜の現・持ち主だそうだな」
「…」

私はなにも言わずにただ頷いた。彼もそれ以上何も聞かなかった。


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