「…私、さっき眠りに落ちる前のあの時までが、人生で一番幸せな時だと思っていました。目が覚めて思ったんです。この幸せのまま阿近さんの元を去って、泡にでもなって…消えてしまえたら本望だって」
「寡欲なやつだな」
「…信じられないんです、この幸せが、ずっと続くなんて…」
「…未来に確証を持っているやつなんていないだろう。みんな盲目的に信じているんだ。この現状が次の瞬間には一転しているなんて考えもしない…考えたくないんだ。でも、だからこそ大切にするんだろう?簡単に消えてしまいそうなほど儚いものだから必死に守ろうとする。だから、幸せってやつはこんなにも尊いんだろう?」
「…怖くは、ないのですか…?」

確証のない未来。いつかこの手の中から零れ落ちていくかもしれない尊い『幸せ』。

「…真白が、俺の傍を離れないこと。それが俺の未来の確証になる」
「…っそれが、阿近さんの幸せですか?」
「そうだ」
「…そんなの、ずるいです…っ」
「あ?」

眉間に皺を寄せる阿近さんの顔が、涙の向こうにぼやけた。

「そんなの…っ、私はもう、阿近さんの傍を離れられないじゃないですか…」

誰よりもあなたの幸せを願いたい。そのためならばどんなことでもしてあげたい。
他人に対して、そんな感情を持つことができるなんて知らなかった。
とまらない涙を懸命に手で拭っていると、阿近さんがくつくつと笑う声が聞こえた。
阿近さんの最大級の笑い声。優しい色の眼がほんの少し細くなる。
そして、大好きな大きな手が私を引き寄せる。


「でも、それがお前の幸せだろう?」

自信たっぷりに言い放つ阿近さんの声が笑む。
何か言い返そうと開きかけた唇はふさがれて、もう何も言えない。



「好きだ、真白」



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