* * * *

射場副隊長に瞬歩で引きずりまわされ、突然放り投げられた。体制を整えながら片膝をついて着地、少し横滑りして衝撃を受け流す。

「ほぉ、思うたより身軽なもんじゃのぉ」

技術開発局という所属から、戦闘能力がないと思われることには慣れているので、侮られたような言葉にも特になんの感情もない。
立ち上がり見回すとそこは、男子便所だった。
射場副隊長が壁に貼られた紙に掌を打ちつけた。

「男性死神協会本集会場じゃあ」

どうやら便所ではなかったらしい。

「あ、阿近さん!」

奥の個室から現れたのは檜佐木だった。今日は射場副隊長と同じ、腹巻きにサングラスという出で立ちだ。

「今日こそはお前の首を縦にふらせるけぇな」

呆れるほどのしつこさにうんざりする。
これまでの男性死神協会への加入打診は数えきれない。今までは檜佐木や荻堂が勧誘にやってきていたが、相手にしたことはない。

「何が不満なんじゃ。言うてみぃ」
「いや、不満というか…」
「はっきり言うてみぃ!」
「めんどいので」
「またお前!なんでもめんどいめんどいって年寄りか!男はのし上がってなんぼじゃ!だいたい護廷十三隊におる以上命令は絶対じゃ!三席昇格も謹んで受けるのが筋ってもんじゃろ!」
「え!阿近さん三席昇格するんですか?!」
「だいたい檜佐木ぃ!おどれもなんで格下に敬語なんて使っとるんか!」

矛先が檜佐木に向いたのをいいことに、そっとその場を後にした。
局に戻る道すがら、煙草に火をつける。

涅隊長にも射場副隊長にも、めんどい、としか言わなかったが、全てはその一言に尽きるのだ。
できるだけ他人とは関わりたくない。局の連中以外とはことさらに。

席次というものにも興味がない。まったく、これっぽっちも。
技術開発局副局長という肩書は、技局設立当初からの一番の古株だから、という理由で否応なしについてきたようなものだ。

だが、十二番隊としての席次となると話は別だ。
自分は技術開発局の局員であって、十二番隊の隊士という意識は薄い。

一応、死神として斬拳走鬼は万遍なく修めてはいる。隊長命令の下、局員といえども日々の鍛錬は義務だ。技局員に戦闘能力がないと思ってる奴らは一度痛い目を見るといい。

隊長の命令があれば、現世任務も虚の討伐も遂行する。あくまでも、義務として。

今の三席が、隊長と折り合いが悪いのも知っている。他隊から異動してきた人で、悪い人ではない。まぁ、だから隊長とは合わないのだろうな。何度も異動願を出して、でも後任がいないから、と却下されている。もういい加減限界で、ほぼノイローゼだ。十二番隊の上位席官の入れ替わりの激しさは異常だ。常に人員不足なのだ。

三席ともなれば、局のこと以外の、十二番隊の雑務が一気に舞い込んでくる。隊士の指導管理、他隊との連絡調整、その他諸々。めんどい。とにかくめんどい。

余計なものは持ちたくない。なにより、今の俺にはあいつとの時間が…。

局の扉を開けると、そこにはまだほぼ全員が残っていた。いつも会議が終わればそれぞれの持ち場へ雲散霧消するというのに珍しいこともあるものだ。

「あ!阿近おま、ちょ来い!」
「なんだよ」
「お前が適当な男女交際やらかしてるから俺らがフォローする羽目に…!」
「失礼だな」

適当なんて心外な。今までの俺の交遊関係に比べれば、この上なく清く正しい関係だろう。

「お前が珍しく奥手なのはどうでもいいんだよ!そうじゃなくて…」
「阿近さん」

詰め寄る鵯州の後ろから真白が静かに声を上げた。

「私、阿近さんが席官だったことも知らなくって…」
「…言ってなかった…か?」

だからそう言ってんだろうがお前は!と鵯州や久南たちが脇腹や太ももに拳と蹴りを入れてきた。この場合の攻撃は急所を的確に、かつ見えないところに。隊長の指導が行き届いている。滅茶苦茶痛い。

文武両道の優秀な局員たちに袋叩きにされた俺は、うつむく真白の前に突き出された。

「…阿近さんって、本当に…」

真白の少し震える声に、次の言葉を連想した。
冷たいですよね、とか。
私に関心ないですよね、とか。

今までの女たちから嫌というほど聞かされてきた言葉を思い出す。その顔も、その声も、誰ひとり覚えてはいないが。



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