「おい阿近、大丈夫か?」 ひとしきり騒ぎ立てるメンバーの中で当の本人は無表情に固まっていた。 鵯州の問いかけにも答えない。 「局内の仕事はまぁ変わらないが、隊の雑務は増えるからネ。よろしく頼むヨ」 話は終わったとばかりにそそくさと自分の研究室に戻ろうとする局長を、阿近の小さな声が引き止めた。 「いやです」 「…有り得ないことだが、我が耳を疑うネ。今なんと言った?」 ぴり、と空気が張り詰める。ゆっくり一歩ずつ阿近に近づくマユリに、先程よりもはっきりとした声で阿近が答える。 「お断りします」 「一応理由を聞いてやろうか」 マユリの霊圧がみるみる上がっていき、皆がソワソワ落ち着かないなんとも居心地の悪い雰囲気の中、たっぷり数秒間をあけて阿近が口を開いた。 「……めんどい」 さらに霊圧を上げたマユリが何か言おうとした瞬間、局の扉が勢いよく開いた。 「話は聞かしてもらった!ここはわしに仕切らせてもらう!!」 開け放たれた扉の向こうには、半裸の肩にかけた死覇装、腹巻きにサングラス姿の七番隊·射場副隊長がいた。 「なんだネ、お前は」 「涅隊長すんません!ここは自分に任せてもろて…」 素早く中に入り込み、すぐさまマユリに一礼した射場はその流れのまま阿近を振り返って詰め寄った。 「おいこらぁ阿近!おどれ、三席昇格を言うに事欠いてめんどいとはどがいなことじゃあ!」 今この状況こそがこの上なく面倒くさい、とでも言うようにあからさまなため息をつく阿近。 「なんの御用ですか射場副隊長」 「檜佐木では埒が明かんから儂が来たんじゃ!ちょっと来い!」 「ちょ、なに…」 射場は阿近の腕を掴んで有無も言わさず一目散に走り去ってしまった。 先程まで怒りを顕にしていたマユリも、もうどうでもいいとばかりにスタスタと自分の実験室に引っ込んでしまった。 「なんだったんだ、一体…」 「真白、あんた何も言わないけど、どう思うの?」 「…阿近さんて、席官だったんですね…」 (あ、そこからなんだ…) 皆がガクリと呆れたが、放心する真白を哀れに思ったのか、女性陣がさり気なくフォローの言葉をかける。 「ま、まぁ席官と言っても七席だし、ね!?」 采絵の問いかけに久南が必死にうなずく。が、男性陣は気づかない。 「いやでも、今までだって月に何度かは隊務についてましたよね?」 「技局所属の推測七席にしては現世任務も多かったよな」 「局長、阿近さんの扱い荒いから」 「1番使いやすいからな。付き合い長いし」 「真白さん、気づいてなかったの…?って痛い!!」 真白に問いかけるリンの脇腹に久南の拳がめり込んだ。 「ちょっとリン!そもそも阿近さんが言ってないってことが問題で、真白ちゃんは悪くない…」 「まったく…知りませんでした。数日局を離れるって言われることは何度もありましたけど…隊の任務だったとは…」 真白の声がどんどん萎んでいき、深くうつむく姿を見て、男性陣もこれはマズイとさすがに気づいた。 「…あ、あのな、阿近にとっては席次なんてのはどうでもいいことで、お前に言わなかったのもそんなことはどうでもいいと思ってたからだと思う訳で…」 「ちょっと鵯州さんもっとうまくフォローして!」 しん、と皆が黙り込む。 阿近という男は本当に、自分のことなど他人には滅多に語らない男で、しかしそれはこの技局の局員のほとんどがそんな特性の輩ばかりだから、さして珍しいわけではない。 しかし、恋人となれば話は別。それぐらいのことは奇人変人の集まりと言われる技局員でも心得ている。真白がショックを受けるのも無理はないということもわかる。 あいつ、局員であり直属の部下である真白に手を出したのも本当は一言言ってやりたいところなのに、何を適当なことをしてくれてるんだ。 真白以外の全員が心の中で(阿近…!!)と今はいない男に怒りの声をあげた。 |