魔術師の選択


三年も歩き慣れた道じゃあ退屈も退屈、もう無味乾燥した毎日を送っている。
歩道橋にぽつりぽつりと落ちてるエロ本すら読む気にもならない。いや、読んでるのを見られた日には女子から何を言われるか。

「ん…?」
大学ノートが一冊、落ちていた。
エロ本と違ってこれは人為的に落としたものじゃないだろう。

3組…隣のクラスか。…しょうがない、優しい俺が持ち主まで届けてやるか。





「楠?いたっけそんなヤツ」
「あー、いたかも」
「いたかも、って」
3組の友達も知らないとは。ノートの主、楠とやらはよっぽど地味な存在らしい。


「あ、あいつじゃん?」
指さした向こうには、なるほど地味な男が歩いていた。
中肉中背、眼鏡をかけていていかにも根暗そうな出で立ち。

「あー、楠くん?」
「…そうだけど」
「これ」
ノートを見た瞬間に素早い動きで奪われた。
「中、見てないよね?」
「え、ああ、うん」
「…………」
無言で立ち去っていく。お礼の一言もなしかよ、感じわりぃ。


朝からそんな調子で鬱々と過ごして、あっと言う間に放課後を迎えた。
帰ろうと支度をしていたら楠がクラスに現れた。
「木下くん」
何で俺の名前知ってんだ?ま、いいや。
「何、用事?」
「朝は悪いことしたと思って。気が動転してたんだ」
「ああ、別に気にしてないよ」
「お詫びと言っちゃなんだけど、木下くん好きな子いる?」
「は?!」
「片思いしてる子だよ」
「そんなこと言えるか」

「同じクラスの林さん、とか?」
「え、」

見透かされた。嘘くさく手を振る。
「林さんだね。オッケー」

まだ教室に残っていた林に声をかける。
外見の地味さが嘘だと思うくらいタフな奴だ。



「木下くん」
馴れ馴れしく肩なんか抱いて、林と歩いてきた。
「はい、どうぞ」
林をぽんと前に差しだし、あとはご自由にと去っていった。
何がご自由に、だ。わけがわからない。

「木下くん、私ね」
もじもじと林が潤んだ瞳で見つめる。
「木下くんのこと好きなの」
人目も気にせず大声で、愛の告白。

本当にわけがわからない。

「え、え?!」
「中にいっぱい出してほしいな」
耳元でかわいらしくドギツい一言。


ええい俺の息子、落ち着け。

「ね、私の家おいでよ!」
急にバラ色に変わった俺の放課後、これってあいつのおかげ…なのか?


end.
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