いつからだったか、急に食に対する興味が失せてしまって、何かを口にするたびに吐き気を催すようになってしまった。

「それは拒食症じゃないのか」
目の前で普通に昼食をとる友人、霧野が不安そうな目で俺をみた。
俺が昼食をとることをやめて、もう数ヶ月はたったというのに、この友人はたまに思い出したようにそう言い出す。正直余計なお世話であったが、それは自分を心配のことなので何も言わない。自分でもこの状態がよくないことは分かっている。ただこの吐き気を耐えてまで昼食を済ますことにさして意味はないような気がするだけなのだ。とりあえず朝と夜は食べるようにしているし、体調にもそれほど問題はない。
何度か自分は拒食症なのではと考えたことはあるが、吐き気を堪えれば食べれないこともないし、お腹の空きは感じているので違うような気がしたのだ。友人が昼食をとっているところを見て、涎が出るほどということはないにしろ、お腹が空いたな、という飢えは感じるので胃を満たすために昼食をとろうとしたことはある。だが、食物を口にしようとした途端、急に吐き気を催すのだ。こんな不快な思いを抱いてまで食べる価値があるものではないと、そう判断して食べることをやめた。

ところがある日、三国さんが差し入れだとプリンを持ってきた。しかも手作りの。
「ほら、神童の分も」
と手渡され、どうすることも出来ずに困っていると霧野が食べられるのか、と聞いてきた。それを聞いた三国さんが困ったような悲しいような顔をしてスプーンを渡すのをためらう。
「神童、プリン苦手だったか?」
「い、いえ、平気ですよ。甘いものは好きです」
嘘だ。甘いものなんて特に駄目で、最近はまったく口にしていない。なのに自らスプーンを受け取っている。
「そうか。なら良かった。まだあるからおかわりが欲しかったら言ってくれよ」
そう言って三国さんは他の人のところへ配りに行く。
むせかえるような甘ったるい匂いが鼻をつく。
「無理をするな、神童」
霧野の言葉を聞き流してプラスチックをプリンへと突き刺した。

うえ、という嗚咽と共に吐き出される、それ。
三国さんの手作りのプリン、だった。中途半端に消化されて、微妙にプリンだったと分かるそれは非常に不快だ。汚い。
食べたのに、吐き気と一緒に全て飲み込んだのに、三国さんの前でにこりと笑って美味しかったですと言えたのに、こらえきれなくて駆けだしてしまった。ちらりと視界に入った、先輩の心配そうな顔。違うんです。先輩は悪くないんです。俺がいけないんです。
だから無理をするなと言ったんだ、と口やかましい霧野が背中をさする。
それに触発されて、また胃が逆流する。気持ち悪い。でも食べなくてはならなかった。先輩だからとか、そういう義理とかからではなくて、そう、食べる価値があるものだと、だって手作りの、三国さんの手作りだ。
霧野がトイレのレバーをひねる。

三国さんの困ったような悲しいような顔が脳裏に浮かんだ。