今日は日曜日だったから一日中部活して、夕方から仕事して。時刻は既に21時を回っている。自宅マンションに向かう足取りは大分重いが、明日は月曜日だから早く帰って寝るに限る。
マンションのエレベーターを降りたところで、自室の前の人影に気付く。頼りない蛍光灯に照らされたその人影は手元の文庫本から視線を上げ、こちらを見た。
久し振りに会った彼を部屋に入れてお茶を出せば、すみません、疲れてるでしょう?なんてオレを気遣う彼は相変わらず紳士的だ。今日一日の疲れなんかより彼に会えた喜びの方が大きく上回ってしまって、そんなもの無かったかのようにオレの気分はかなり高揚している。
「全然大丈夫っスよ。それより今日はどうしたんスか?ていうか連絡入れてくれたら駅まで迎えに行ったのに…」
そもそも彼が会いに来てくれることは珍しい。オレの仕事が東京であったときはオレから会いに行ったりするが、お互いに多忙だということもあり、会うこと事態が少ないのだ。
携帯には彼からのメールも着信も無かった。でも日曜日のこんな時間に訪ねてくるなんてよっぽどのことだろう。彼だって明日になれば学校に行かねばならないのだから。
「内緒で来た方が吃驚するでしょう?だから部活が終わってからすぐ来たんですけど…黄瀬くんの予定は把握しておくべきでしたね」
「部活終わってすぐって…もしかして夕方くらいからずっと待ってたんスか!?」
「ここに着いたのは大体18時くらいでしたよ」
なんてことだ。じゃあ彼は3時間以上待っていたのではないか。
「そういう時は着いたら連絡して欲しいっス!」
彼が来ていると分かっていたならもっと早く帰って来たのに。
「すみません。でも流石に22時を過ぎたら帰ろうかと思ってました」
そんなの当たり前だ。普通3時間も人を待っていられるものではない。6月とはいえ夜はまだ少し肌寒いし、そんな中ずっと外にいたら風邪を引く。
「黄瀬くん、眉間に皺寄ってますよ」
「皺くらい寄るっスよ!オレ怒ってるんスからね!?」
そう言えば彼は少しばつの悪そうな顔をしてから、オレの手をそっと握った。
「すみませんでした。黄瀬くんを怒らせるつもりは無かったんです。…どうしても一緒に迎えたかったものですから」
黄瀬くんの誕生日を。
そう言った彼が真っ直ぐにオレを見つめるから、身動きがとれなくなる。誕生日は覚えてた。明日の夜にでもきっと彼は電話してくれると思っていたのだ。でもまさか会いに来てくれるなんて。
「明日は月曜日だから学校に行かなければいけませんし、そしたら絶対に一番におめでとうを伝えられないじゃないですか」
こういうことをさらっと言ってのける彼は誰よりも格好いいと本気で思う。自分の誕生日を一番に祝ってくれるのが大好きな彼だったらいいとオレだって思ってた。でも彼だって部活で疲れてるだろうし、オレも多分こんな風に彼が来ていなかったら0時までなんて起きていなかっただろう。だからたとえ彼が0時ちょうどに電話をくれたとしても、気付かずに明日の朝着信履歴を見て後悔するのが目に見えている。
未だオレの手を握る彼は、だんだん頬に熱が集まっていくオレを見てふわりと微笑む。その笑顔がなんだかくすぐったくて、彼に伝えたい気持ちが沢山あるのに普段の饒舌はどこへやら、それらは何ひとつ言葉になって口から出ることはなく、オレはただただ彼の手を握り返すことしか出来ずにいたけれど彼にはオレの気持ちが全てお見通しのようだ。いつもそう。彼はオレの気持ちをちゃんと汲み取り、欲しい言葉をくれる。
「今日…泊めてくれますよね?」
「当たり前じゃないっスか!」
彼はちゃんと二人分のケーキまで買ってきてくれていて、一日早いけど、と言いながら夕飯の後に食べた。
彼といる時間はいつも穏やかで、あっという間だ。オレが風呂から戻ると、既に髪を乾かし終えた彼が深夜のニュースを見ていた。時刻は既に23時55分。
「黄瀬くん」
オレが戻ったことに気づいた彼は、自分が座っている隣をぽんぽんと叩く。素直に彼の隣に座り、お互いに無言でテレビを見る。
58分。
0時になったらきっとけたたましく鳴るであろう携帯の電源を切る。友人達には悪いが、彼らのバースデーメールは今のオレにとっては彼と居られる貴重な時間を壊す無粋なものでしかないから。
59分。
『0時になりました』
テレビの中のアナウンサーが0時を告げると同時に、彼との距離が0になる。
優しく、触れるだけのキスの後に唇が触れあってしまいそうな距離のまま、彼はまたオレを見て言う。
「お誕生日おめでとうございます。涼太くん」
頬に触れた暖かな手が、オレの目から零れた雫を掬う。
「黒子っち、」
「はい」
「オレ、すごくしあわせ」
「ボクもです」
彼の手が突然オレの頬から左耳のピアスへと移った。
「黒子っち…?」
彼はオレの左耳をしばらく見つめてから、やっと口を開いた。
「これ、外してもいいですか?」
「い、いいっスけど」
彼の意図はよくわからないが、彼に身を任せていれば丁寧な手付きでピアスが外された。一体どうしたのだと尋ねようとしたが、間髪入れずに彼はまたオレの左耳に触れた。
「く、黒子っち?どうしたんスか…?」
「じっとしててください」
彼の表情を伺おうと顔を向けたら、元の位置に戻された。そして再びピアスが付けられる感覚。でも先程外したオレのピアスは未だ彼の手の中にある。そして彼は少しオレとの距離を離し、ひとつ頷いてから左耳に付いたピアスに軽くキスを落とした。
「よく似合ってます」
「え、」
慌てて洗面所へ向かい、鏡を見れば、オレの左耳にはライトブルーに光るシンプルなピアスが付いていた。
再び部屋へ戻り、勢い良く彼に抱きついたら彼も抱きしめ返してくれたから、オレはまた溢れてきた涙を拭うことも忘れて彼に伝えたくて伝えたくて仕方無かった気持ちをやっとのことで伝えるのだ。
end
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黒子っちは冷静に見えて実は思い付いたら即行動派な気がする。
黄瀬くんお誕生日おめでとう。
20120618