彼にとって僕は、何よりも美しい存在でなければならなかった。



「黒子っちのこと、好き、っス」



目の前でそう告げる黄瀬くんはまさに恋する乙女、とでも言えるだろうか。本屋に並ぶ誌面の彼と同じ人とは思えない。羞恥心からか顔を伏せているため表情は窺えないが、赤く染め上げられた両の耳が、彼のこの一言に込めた精一杯を物語っている。


黄瀬くんが僕にそういった好意を持っているのは知っていた。何せ僕は、彼が僕をそういう風に見始めた時にはもう彼の気持ちに気付いていたのだから。
その随分前から僕が彼をそういう風に見ていたことなんて、当の本人は知りもしないんだろうけれど。確かに僕も彼と同じ気持ちで、彼を誰にも渡したくないと思っているわけだが、正直黄瀬くんの気持ちが僕に向けられるなんて思っていなかったのでこの状況は予定外だった。


あくまで僕の見解だが、黄瀬くんは美意識が高い、と思う。モデルというステータスがそれを顕著に表している。しかも彼の求める美は並大抵のものではないのだ。彼か求めるのは"完璧な美"であって、不完全な美ではない。彼の底知れぬ向上心は恐らく、彼自身のナルシシズムが満足していないことの表れだろう。(ここでのナルシシズムという言葉を僕は決して否定的な意味を込めて用いたわけではない。)
それは彼のバスケにも色濃く反映されている。彼の完全模倣は文字通りキセキの世代の技を完全に再現したものだ。そこに至るまでの経緯は僕には知る由も無いが、恐らくインターハイの桐皇戦で垣間見せたような彼自身の完璧主義との熾烈な問答と試行錯誤の末の産物であろう。彼が求めるのは常に完璧なものであり、彼はその完璧なものにこの上ない美を見ていた。完璧なものとはそう簡単に手に入るものではない。だからこそ彼は求め続けていられるし、満足することもない。僕は、彼の求めるものが存在しなければいいと思っている。彼が理想として求める美が、この世界に存在していなければ。それに気付かずに求め続ける彼はきっと滑稽で、美しい。つまり僕の美意識は彼にあるのだ。絶えず完璧なものを求める彼の姿は僕の中で最高の美になりうる。だからこそ、彼が求めるのは完璧でなければならないのだ。


僕は、予定外に生まれてしまった黄瀬くんのその想いに対する責任をとらなければならない。彼が今までのようにただ完璧なものを求め続けられるように。だから、先の見解から導き出される最高の処置を取ろうと思う。


「僕も、黄瀬くんが好きですよ」


途端に顔を上げた黄瀬くんは虚を衝かれたように唖然としている。

彼が僕を求めてくれたことは確かに予定外ではあるが、大変喜ばしいことだ。僕だって彼を求めているのだから、これは所謂両想いというものだ。出来る限り、この現状は維持したい。
問題は、僕が彼に"求められる"対象になってしまったことだ。
彼が求めるものは完璧でなければならない。


即ち僕は完璧でなければならないのだ。


「黄瀬くんが僕を求めてくれるなんて光栄です」


黄瀬くんの中で僕が最高の美となりうるなら、是が非でも。


黄瀬くんの顔がみるみるうちに赤く染まる。喜びからか潤んだ瞳が幸せそうに細められ、花が咲いたように綻んだ。


しかし実際のところ、僕は彼が理想とするような完璧なものではない。彼と僕が結ばれても、彼が不足感に駆られるようになるのは時間の問題だろうし、僕としても彼が不完全な僕を手に入れて満足している様など見たところで興ざめだ。


幸いなことに彼はまだそのことには気付いていない。まだ間に合うだろう。黄瀬くんと僕、双方の美意識を崩さずに、且つ僕等が永遠となりうるには、これが最善で、唯一の道だ。


「でも僕達はそういう関係にはなれませんよ」


僕は完璧ではないけれど、僕がこの先ずっと彼のものにならないとすれば、"彼の中の僕"は永遠になる。いくら焦がれても決して手に入ることなく、美しいままの、まさに究極的で完璧な存在になるのだ。


黄瀬くんの瞳から溢れる雫が僕の為に流されたものであるなら、その雫を美しいものとせしめる僕も美しくあらねばなるまい。



「僕達は永遠ですから」





end

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20121230




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