次の日、黒子は帰ることになっていた。黄瀬にそのことを伝えそびれてしまった黒子は、どうしても気掛かりで最後にまた神社を訪れた。

大木の下、鮮やかな色の囲いの外に立ち尽くす人影。黒子は目を見張った。
その人は黒子より背が高く、日焼けにしては黒すぎる肌の少年だった。
黒子はその少年に近付いた。

「あの、」

「うわぁあ!!」

褐色の少年は肩を大きく跳ねさせて勢いよく振り返った。

「あ?誰だお前」

「黒子テツヤです」

そこで黒子の目に留まった、囲いの中…木の根元に供えられた一束の仏花。と、その隣に控え目に並べられた一輪の向日葵。

「…その花、」

未だ訝しげに黒子を見ていた褐色の少年は、表情を一際険しくした。

「お前、この辺のやつじゃねーだろ」

「え、あ…はい」

褐色の少年はやっぱりな、とひとつ息を吐き、再び黒子を見た。

「友達、ですか」

黒子は花を見つめたまま褐色の少年に尋ねた。褐色の少年は、鋭い黒子に降参とでも言うように、ぽつりぽつりと話し始めた。

「やたらと俺に付いて回って、犬みたいなやつだった。いつの間にか一緒に居るようになって、あいつはいつも俺の真似をしたがってた」

褐色の少年がその友達に教えたという沢山のことは、黒子がここ数日に知ったことと全く同じだった。

「毎日、この木に登って…いつもはあの枝までしか登らなかったけど、その日俺は少し上の枝に登った」

褐色の少年の指差す先の枝は、言わずもがな昨日黒子が登った枝だった。恐らく褐色の少年が登ったという枝は、黒子が届かなかったあの枝だ。

「あいつはぎりぎり届くか届かないかってとこで、でも自力で登ってこれそうだったから、手を貸すふりして引っ込めようと思ったんだ。あいつは何でも自分でやりたがるから、助けても文句言うと思ったし。…だからあいつが手を伸ばしてくるなんて思わなくて、あいつが片足を浮かせたときはもう遅かった」

黒子は言葉を失った。昨日のことがフラッシュバックする。回らない頭で褐色の少年の話を整理してみるが、信じられない結論しか出てこない。

「俺の所為であいつは死んだ。俺はそれからここに来んのが怖くて、でも昨日であいつが死んでからちょうど一週間だったから、本当は昨日来るつもりだったけど…」

褐色の少年は供えられた花を見つめていたが、黒子にはどこか遠くを眺めているように見えた。

「なぜ、昨日来なかったんですか…?」

褐色の少年が強硬な面持ちをしていたので、黒子には少年が言葉を切った理由がわからなかった。


「昨日は、友引だったから」


褐色の少年の横顔が歪んだのが黒子にもわかった。涙こそ流していないが、その表情は計り知れぬ後悔と悔悟が滲んでいた。


黄瀬はこの木の下で泣いていた。木から落ちたと言っていた。いつも黄瀬は黒子が神社に来るより先に神社に居た。帰るときは必ず鳥居の下で別れ、黒子はひとりで石段を降りた。
黒子は一度も、黄瀬が神社の外に出たのを見たことはなかった。
最初に出会ったとき、黒子が差し出した手を、黄瀬は掴まなかった。一緒に遊んでいるときも、黄瀬と接触するようなことはしなかった。昨日、木の上で差し出された黄瀬の手を、黄瀬は褐色の少年のように引っ込めたりはしなかったのに、掴めなかった。
黒子は一度も、黄瀬に触れたことはなかった。
黄瀬が昨日突然木登りに誘い、高い枝まで誘ったのは偶然か、それとも褐色の少年が言う『友引』が関係しているのか。

黒子の頭はとうに思考を放棄していた。考えてわかることではない。目の前の仏花と褐色の少年の横顔、そして、決して夢ではないと主張する身体の痛みが全てだった。

昨日の狂気に満ちた黄瀬が『友引』の所為だったなら、きっとあれは黄瀬の意志ではない。黒子が目覚めた時に身体の砂が丁寧に払われていたのも、傷口が洗われていたのも、目覚めた黒子の手に、向日葵が握られていたのも。全て、黄瀬がしてくれたのだ。それだけで黒子には十分だった。昨日黒子が黄瀬に連れて行かれそうになったのも、裏を返せばたった数日共に過ごしただけの黒子を黄瀬が友達として認識してくれていたということ。黄瀬と過ごした時間が、夢ではなかったことが黒子にとって何よりも嬉しかった。


「…あれ?」

「…?」


突然褐色の少年が声をあげたので、黒子は多少驚いて少年を見ると、少年は先程とは打って変わって呆けたような顔で仏花を見ていた。黒子も少年の視線を追い、木の根元に目を移した。

「…!」

「向日葵が、ねえ…」

つい先程まで仏花の脇に供えられていた一輪の向日葵が忽然と姿を消していた。少年は最初こそ動揺していたが、向日葵を攫った犯人が誰かなど直ぐにわかったようだったが、猫かなんかだろ、と上手くもない嘘を吐いて笑った。黒子もそうですね、と笑った。

黒子は褐色の少年に黄瀬との数日間を話した。褐色の少年はただ黙って黒子の話を聞き、最後にさんきゅーな、と切なく笑った。

「今日、送り火だったな」

霊魂が、還る日。

「黄瀬くん、大丈夫ですかね」

黒子は昨日、黄瀬に自分の無事も、感謝も、今日帰ることも伝えられなかった。黄瀬が黒子を連れて行こうとしたことを後悔しているなら、彼は還ることが出来ないかもしれない。


ふわっと、柔らかな風が、二人の間を駆け抜けた。ひらりと舞い降りた、黄色い花弁。


「黄瀬くん…?」


何となく、だ。気のせいだったかもしれない。




黒子っち、ありがと





夏の風に乗って、彼の声が聞こえたような気がした。




end

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ひと夏の不思議な出来事。

20120821




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