パラレル。小学生設定。バスケ関係ない。
黒+黄




蝉がやかましい。
同じ猛暑でも都会より多少過ごしやすく感じるのは、周囲に繁る木々と広がる水田の所為だろう。


山の麓にある、小さな神社。木々によって作られる陰に覆われ、時折通り過ぎる風が心地良い。その中にある一際大きな木。御神木なのだろうその木の周りは囲いが出来ていたが、それはあまりにもその場に似つかわしくない真っ赤なコーンと黒と黄色の警戒色の棒きれで作られたものだった。
その木の下、囲いの中で、少年は泣いていた。さらさらと風に揺れる金糸はきっと、太陽の下に晒されればより美しく輝くのだろう。黄色い少年は、木の下で泣いていた。


「どうしたんですか?」


不意に掛けられた声に、黄色い少年は酷く驚いた。いつの間にか、黄色い少年の目の前には空色の少年が立っていた。驚愕で見開かれた蜂蜜色の目が、多少の怯えを映した。

「…膝、血が出てます。洗った方がいいですよ」

手を差し出して、空色の少年は黄色い少年を囲いの外へと促した。しかし、黄色い少年がその手を取るのを躊躇ったため、空色の少年は黄色い少年の手を引くことなく、代わりにハンカチを手渡した。



傷を洗い終えた黄色い少年は、もう泣いてはいなかった。

「あの、ハンカチ…」

「そのままでいいですよ」

濡れたハンカチを受け取り、空色の少年はふわりと微笑んだ。

「あの、ありがと…えっと、名前……」

黄色い少年は警戒を緩め、空色の少年を見据える。

「黒子テツヤです」

黒子は躊躇い無く自身の名を告げた。黄色い少年はその時初めて、黒子をまじまじと見た。違和感なく周囲に馴染んだ黒子は自然に溶けているかのようで、どこか現実味に欠ける儚さを纏った、美しく不思議な少年だった。

「俺…黄瀬涼太っス」

黄瀬は、まるで向日葵のように笑んだ。



黄瀬は、この辺りに住んでいるらしかった。この神社は日陰である故に、一部の子ども達の密かな遊び場になっている。黄瀬はいつものように木登りをしていて木から転落してしまったらしい。怪我は膝の擦り傷だけだったようで、他に外傷は見当たらない。大事には至らなかったのだろう。落ちたショックで涙が溢れ、止まらなくなったところに、黒子は現れた。

「黒子っちは、見かけない顔っスけど…この辺に住んでるんスか?」

「いえ、お盆なのでおばあちゃんの家に泊まりにきたんです。ニ三日泊まったら帰るんですけど」

「そーだったんスか…」

黄瀬はあからさまに気落ちした。すっかり黒子に心を開いた黄瀬は、先程の涙など無かったように惜しみなく黒子に笑顔を向けていた。くるくる変わる黄瀬の表情を、黒子は楽しんだ。

「明日も、来ていいですか?」

黒子の言葉に黄瀬はぱっと顔を上げ、大きく首を縦に振った。

「また、明日ね!黒子っち!」

「はい。また、明日」

夕焼けを背に、黄瀬は大きく手を振った。黒子も、小さく振り返した。




それから数日、黄瀬と黒子は共に過ごした。黒子が神社に来ると黄瀬は既に黒子を待っていたが、黄瀬は黒子が来たことに気付かないことが多く、黒子の声に驚いてばかりだった。
黄瀬は黒子から都会の話を聞き、黒子は黄瀬から自然の中での遊び方を教わった。黄瀬と黒子は育った環境も人柄も価値観も好きなこともまるで正反対だったが、二人が一緒に居て不快なことはまるでなかった。


「黒子っちっていっつもいつの間にか近くに居るっスよねー」

不意に黄瀬が投げかけたその話題は、黒子にとっては最早日常茶飯事のものだった。

「別に驚かすつもりはないんですけど…」

黒子は静かな少年だった。まだまだやんちゃ盛りである年齢にもかかわらず、黒子は常に落ち着いていて、大人びて見えた。黄瀬と黒子は同い年の筈だったが、黄瀬の知っている誰よりも黒子は静かだった。

「はは、黒子っちってなんか他の人と違うっスね。なんていうか…不思議な感じっス」

黄瀬が言った言葉が良い意味であることは、黄瀬の表情を見ればすぐにわかる。黄瀬が黒子に対して好感を持っているのは明らかで、黒子も表には出さなくとも黄瀬に好感を持っていた。

「黄瀬くんは、向日葵みたいですね」

「え、黄色いからっスか?」

「いえ、なんていうか…雰囲気が」

「よくわかんないっスけど、俺向日葵一番好きなんスよ!」


出会って数日しか経っていないにも関わらず、二人の間に流れる空気は所謂友達のそれだった。


黄瀬は黒子にある少年の話をした。黄瀬によるとその少年は、目つきが悪く褐色の肌をしており少々乱暴だが、強くて何でも出来て、今の黄瀬にとって絶対的な存在であるらしかった。黄瀬がその少年に抱く憧憬はまさしく純粋そのものだった。

「その人とは最近遊ばないんですか?」

黒子は黄瀬と出会ってからその少年と会ったことも、ましてや見たことすらなかった。黄瀬の口ぶりから、彼らはいつも一緒に遊んでいたようだが、何故その少年は此処に居ないのだろうか。

「なんか最近ぱったり遊びに来てくれなくなったんスよ」

眉を下げて苦笑する黄瀬の表情を、黒子は初めて見た。いつもきらきらと笑う黄瀬にそんな表情があるとは思いもしなかった黒子は少し驚いた。しかしその表情はすぐにいつもの笑顔に戻り、黒子っちみたいに帰省したのかもしんないっスね、と明るい調子で続けた。

「ね、黒子っち」

黄瀬は黒子を見ずに呼んだ。黄瀬の視線の先には、


「木登り、しないっスか?」


二人が出会った大木があった。


「僕木登りしたことないです」

「大丈夫っスよ。俺が先に登るから見てて」

黄瀬は慣れたように大木を登っていった。毎日のように木登りをしていたというのはどうやら本当だったらしい。黄瀬は地面から一番近い少々太めの枝に到達すると、黒子に登ってくるよう促した。

「そう、そこに足掛けて…んで、その枝掴んで登ってきて」

「…っと」

黄瀬の適切な助言によって黒子は無事黄瀬のいる枝に到達した。そこは大人からすればさほど高いところではなかったが、小学生の彼らが登るのは決して容易ではなかった。何度も登ったからこそわかる、無駄のない登り方。

「結構高いっスよね」

「はい」

黒子は初めて見る木からの風景に感嘆の息を吐いた。静かに感激を見せる黒子に黄瀬は笑んだ。

「黒子っち、もうちょっとだけ登ってみないっスか?」

黄瀬は黒子から都会の様々なことを教わった。黄瀬は黒子の住む街へ行くことは叶わないが、黒子は今ここに居る。黒子が居る間に、黄瀬は黒子にここの良いところを沢山見せてあげたかった。黒子は二つ返事で黄瀬の提案に乗った。

先程同様に、黄瀬が登っていくのを黒子は見ていた。しかし今度は登るのに少々骨が折れるようで、黄瀬も手こずっている箇所がある。最後に目的の枝を掴むには足場となる枝から多少距離があり、黄瀬が手を伸ばしてぎりぎり届くか届かないかという程度だった。黒子は黄瀬よりも背が小さいため、届くはずもないことはわかりきっていた。

「黒子っち、登ってきていいっスよ」

無事に到達した黄瀬が黒子に声を掛けるが、黒子は既に畏縮してしまっていた。

「僕じゃ届きませんよ」

「ちゃんと引き上げてあげるっスから!」

黄瀬の笑顔は何故か黒子を安心させた。黒子は黄瀬の言うとおりに木を登っていった。そうして最後の足場に到達し、黒子は黄瀬の居る枝へと手を伸ばした。やはり黒子の手は枝に届かず、指先すらかすりもしない。木の幹に身体をぴたりと接触させるような状態の黒子の視界は、自分の指先までしか捉えられなかったため、黄瀬の姿を認識することは出来なかった。

「黒子っち!」

頭上から伸ばされた手が黒子の視界に入った。黒子は首を目一杯上に向かせ、差し伸べられた手に自身の手を伸ばし、黄瀬を見た。


黒子は硬直した。手を伸ばす黄瀬の空気が酷く重く、冷たい。黒子の本能が警笛を鳴らし、全身には鳥肌が立ち、温度の低い汗が流れる。一気に血の気が引き、体温が下がる感覚。酷い耳鳴り。黒子は黄瀬に畏怖した。狂気に満ちた黄瀬は、にやりと口角を持ち上げた。
その刹那、黒子の視界は回った。黄瀬の手を掴んだと思っていた黒子の右手は空を切り、傾いた黒子の瞳には、落下する黒子を無表情で見下ろす黄瀬が映った。


黒子は、木から落ちた。



黒子が気付いた時、既に辺りは赤く染まり、黒子がいつも帰る時間帯だった。痛みを訴える背中を無理に起こすとそこは木の下の地面ではなく、神社の縁だった。
黄瀬が、運んでくれたのだろうか。立ち上がると膝に痛みが走り、擦りむいたのだと気付いたが、傷口は砂がまるで付着しておらず、血が流れた跡もない。そして何故か、黒子の右手には一輪の向日葵が握られていたのだ。
周囲を見渡しても人の気配はなく、黄瀬の名を呼んでも返事は無かった。

落ちる直前に見た黄瀬は、それまでの黄瀬とは明らかに異なっていた。まるで別人のように黒子を見て、恐ろしい表情で静かに笑んだ。あれは、本当に黄瀬だったのだろうか。黒子には理解出来なかった。
結局訳がわからぬまま、その日黒子は祖母の家へと帰った。



→後

20120821




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