今日は何故か黄瀬の調子がすこぶる良い。それはもう腹立たしい程に。シュートは外さないし、俺がやったダンクもすぐパクって決めやがった。最近はしていないが、以前は連日1on1の相手をしてやってたから、黄瀬の様子はすぐわかる。くっそあいつかなり調子乗ってんじゃねえか。嬉しそうな顔しやがって。今はあの無駄に整った顔の適正な位置についた口から生意気な言葉が出てこないのでまだましな方だが。

黄瀬の声が出なくなってだいぶ経つ。黄瀬が風邪で喉を痛めることなんて今まで何度かあったから、今回もまたニ三日したら五月蝿くなるんだろうと思っていた。でも今回は今までより明らかに長引いている。黄瀬だって早く治すために色々している。部活前も終わった後も必ずうがいをしてるのを見かけるし、定期的に声を出そうともしている。にも関わらず、全く良くなっていないのだ。



部活を終え、部室に戻ろうとした俺の目の前にボールを持って立ちはだかる黄瀬。言わんとしていることはわかっている。今日は挑んでくるだろうと思っていたし。口にしなくても、この挑戦的な目を見ればいつものこいつの声がフラッシュバックしてくる。俺を倒そうと闘志を燃やす、この表情は割と気に入ってる。

「テツには言ったのか?」

尋ねれば、こくんと頷く。黄瀬とテツが毎日一緒に帰ってるのは知ってる。ていうか、黄瀬とテツの関係は周知の事実だ。本人たちから言われたわけではないが、あからさまな二人の様子から考えたら多分テツは隠すつもりなどないだろう。黄瀬は馬鹿だからバレてないとか思っているのかもしれない。俺たちの暗黙の了解ってやつだ。

「調子良いのはわかってっけど、いいのかよ」

黄瀬の声が出なくなった日から、治るまで1on1はしないことにしてた。そう決めたときの黄瀬は凄く嫌そうだったけど、やりたいならさっさと治せっつって丸め込んだ。そしたら予想外に黄瀬の病状は長引いてしまった。別に喉以外は特に異常は無いらしい黄瀬は、普通に部活の練習に参加してる。その中での、今までに無いくらいの今日の好調。今日なら俺を倒せるかもしれないとか思っているのだろう。懇願するようにこちらを見る黄瀬の目は、縋るようでいて、それでもやはり闘志を孕んでいる。こんな日は滅多にないし、俺としても黄瀬がどこまで出来るか試したい気持ちもある。


「…いいぜ、来いよ」





息を切らして寝転がる黄瀬の顔をを上から覗き込めば、思いっ切り睨まれた。いくら調子が良くても、まだ俺には及ばない。

「俺に勝つのなんざ百年早ぇっつーの」

鼻で笑って言ってやったそのとき、ぽた、と。こめかみを伝って流れた俺の汗が黄瀬の頬に落ちた。途端に口角を上げる黄瀬。気付けば俺は試合でもかかないような量の汗をかいている。満足気に笑う黄瀬を見るとまた腹立たしい気持ちになったので、床に転がるこいつの脇腹を軽く蹴って部室に向かった。

校門が閉まるまで時間がない。以前ならここで俺が黄瀬に文句の一つでも言ってやっていたことだろう。今は俺も黄瀬も急いで着替えているが、この空間自体は嫌になるほど静かだ。

「黄瀬」

沈黙に耐えかねて慌てた様子の後ろ姿に声を掛けたら黄瀬は振り返って、早く、と口パクで促された。


ギリギリで校外へ出てみると、既に日は落ちきって星が輝いていた。黄瀬は疲れた様子で息を吐き、歩き出す。

「黄瀬」

一歩先を行く背中はどこか儚げで、何の音も立てずに進んでいく黄瀬は闇の中に吸い込まれていくんじゃないかと思ってしまった。

「お前、風邪じゃねえだろ」

ちら、と目線だけ寄越してまた前を向く黄瀬は、普段なら馬鹿正直で分かり易いのに今は何を考えているのか全く読めない。

「風邪のときは必ず熱出してたじゃねえか。今回は明らかにおかしいってお前も分かってんだろ?お前、何か…」

俺は思っていたことを一気に捲くし立てたが、黄瀬は相変わらず前を向いたまま何も反応しない。流石に苛立ち、肩を掴んで多少乱暴にこちらを向かせた。


黄瀬は、眉を下げて笑っていた。今にも泣き出しそうに、雑誌でみる顔とは全然違う笑顔で。


『また明日』


暗い道を照らす弱々しい街灯よりはるかに明るい液晶画面を見せて、黄瀬は背を向けて行ってしまった。


俺は暫くその場に立ち尽くすしかなかった。




→4

20120630




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