◎ 05
「音也」
反応がない。何度か呼ぶが以下同。
音也の目に光はなくどこか空を見ている。これでは話をしようにもできないではないか。
私は話す事を諦めると自分の机へ向かった。ノートを広げ歌詞を書く。
「…トキヤ、帰ってたんだあ」
ふ、と、耳元で囁かれ。
私は驚きで椅子をガタガタと鳴らした。
「トキヤびっくりしすぎ。俺が嫌い?」
「…そんなこと誰も言っていないでしょう」
「俺はなまえを抱いたよ」
唐突に話題を出され思わず肩が跳ねる。…気付かれたでしょうか。
「…トキヤさあ、自分の彼女が他の男に抱かれてどうも思わないわ「そんなはずはないでしょう!!!!」
トキヤが大声を出した。俺の肩が大袈裟に揺れる。
そりゃあ、突然大きな声を出されたら、びっくりして、肩ぐらい、
「トキヤは、俺のこと、嫌いになったかな?」
「はい?」
「俺はまた失うの?」
「何を言って…」
「あのねぇ」
出来るだけ、ニコッと笑って。
そうしたら、人はみんな喜んでくれるから。
「俺は、なまえを諦めるつもりはないよ」
スッと足元にしゃがむ。俺が見上げる体勢になる。
「トキヤから奪ってみせるから、ね?」
ニコ。今の俺にできる精一杯の笑顔だった。
(笑う音也の顔は、笑っているようで全く笑えていなくて、きっと今までこのように笑っていたのだろうと思うと、胸が痛んだ)
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