長編 | ナノ

 05


「音也」

反応がない。何度か呼ぶが以下同。
音也の目に光はなくどこか空を見ている。これでは話をしようにもできないではないか。
私は話す事を諦めると自分の机へ向かった。ノートを広げ歌詞を書く。

「…トキヤ、帰ってたんだあ」

ふ、と、耳元で囁かれ。
私は驚きで椅子をガタガタと鳴らした。

「トキヤびっくりしすぎ。俺が嫌い?」

「…そんなこと誰も言っていないでしょう」

「俺はなまえを抱いたよ」

唐突に話題を出され思わず肩が跳ねる。…気付かれたでしょうか。
 
「…トキヤさあ、自分の彼女が他の男に抱かれてどうも思わないわ「そんなはずはないでしょう!!!!」





トキヤが大声を出した。俺の肩が大袈裟に揺れる。
そりゃあ、突然大きな声を出されたら、びっくりして、肩ぐらい、

「トキヤは、俺のこと、嫌いになったかな?」

「はい?」

「俺はまた失うの?」

「何を言って…」

「あのねぇ」

出来るだけ、ニコッと笑って。
そうしたら、人はみんな喜んでくれるから。

「俺は、なまえを諦めるつもりはないよ」

スッと足元にしゃがむ。俺が見上げる体勢になる。

「トキヤから奪ってみせるから、ね?」

ニコ。今の俺にできる精一杯の笑顔だった。





(笑う音也の顔は、笑っているようで全く笑えていなくて、きっと今までこのように笑っていたのだろうと思うと、胸が痛んだ)





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