セシルの朝は少し忙しない。
身支度に時間がかかってしまうのだ。
のんびりしすぎているわけではなく、単に他の面々よりも時間がかかる。

セシルの肩に流れる髪は、起床のときは自由奔放としか言いようのないくらい乱れている。
柔らかい髪質なのが悪いのか、癖がつきやすく水で濡らしてもなかなか直らない。
時間をかけて格闘して、どうにか見られる程度まで落ち着けると次は鏡の中の顔を覗き込む。

生まれつき…最近知った事実だと種族的にだったわけだが、セシルは色素が薄い。
血の色がもろに透けて赤く色付いた唇に暗い色の紅を置くと、やっと落ち着いた顔になる。
女のようだと揶揄われて憤慨していたセシルに、女はお前よりまだ短い時間で支度する、とセシルを茶化したのは誰だっただろうか。

そうしてやっとセシルがテントを出たときには、皆は既に朝食を始めていた。


「セシル、遅いッスよ〜」

「すまない」


スプーンをくわえながら声をかけてきたティーダに返すと、セシルも場に加わる。


「随分手強かったようだな」

「ああ、今朝のは特に強敵だったよ」


ちらとこちらを見やるクラウドにおどけてみせる。
髪に時間を掛ける同士であったが、同じテントでセシルが難航している間にクラウドはてきぱきと用意を済ませて先に出てしまっていた。
スプレーと櫛とドライヤー、更にヘアアイロンまでもを駆使してあっと言う間にあのヘアスタイルを作り上げるのを隣で見て唖然としたものだ。
先に行くぞと声を掛けられ、ようやくセシルは自分の手が止まっていることに気付いたくらいで。
あれだけ手慣れたいものだが、なかなかそうはいかない。


セシルはふと、違和感に気付く。
いつも少し遅れ気味なセシルがやってくると、さりげなく席を立って「はい、セシルの分」と手渡してくれる人がいないのだ。


「ティナは?」

「まだ来ていない。確かに少し遅いな」

「珍しいね。何かあったのかもしれない。様子を見てくるよ」


席に付く前に踵を返すと、セシル、と呼び止められる。
振り向くと、ちぎったパンを頬張りながらジタンが俺行く、と片手を挙げていた。


「女の子のお目覚めに一番効く魔法使えるから」


ジタンが魔法?と首を傾げると、得意気に頷いてみせる。


「特技みたいなもんさ、甘い言葉と優しい…何だよスコール、その顔」

「…別に」
「…別に」


お決まりの言葉で返そうとすると、同じ台詞が同時に別のところから発せられて、スコールが慌てて振り返る。
どうやら発言元らしいバッツが肩を震わせて笑っていて、スコールがむっとした顔で押し黙った。
セシルもそのやり取りに少し微笑んだあと、やはり、と向きを変えた。


「あ、おいセシル!」

「いいよ、立ってるついでだから。ジタンは食事を続けて」

「ちぇー」

「どうかした?」


不満そうな顔のジタンに問うと、いや、じゃあ頼むと返されセシルは軽く頷く。
そして、三、四人で使うために幾つか用意されたテントの、唯一の個人用のそれに向かった。




「ティナ、起きてるかい?」


みんなもう食べ始めてるよ。
そう言って天幕に軽く手をかける。


「駄目!」


突然返された鋭い声に、セシルは思わずすまない、と謝罪して手を離す。
もしかして着替え中だったのかもしれない。
全く、ぼくは…と自責しそうになったとき、恐る恐るといった声音でティナの声がした。


「……セシルなの?」

「ああ、すまない」


謝ってばかりいるな、と自嘲する。
癖になってしまっているのかもしれない。
テントの中から弱々しい声で、お願いがあるんだけど、と言われて我に帰る。


「ぼくに出来ることなら」

「…ちょっとこっちへ来て欲しいの」

「え……いい、のかい?」

「うん…セシルなら…でも絶対に笑わないでね。みんなにも秘密よ」


少しどぎまぎしながらテントの幕を上げる。
そこに待っていたティナは振り返ると、目を潤ませながらセシルを見上げた。


「どうしよう…全然まとまらないの」


ティナの肩に落ちている髪はかなりボリュームを増して、とても元気に膨らんでいた。


「…何だ、そういうことか」

「そういうこと?」

「いや、こっちの話だよ」


やっと気持ちが落ち着いて肩を落とすとティナが不思議そうに首を傾げたが、また鏡に向き直る。


「寝癖がひどすぎて、全然直らないの」

「ティナもそういうことがあるんだね」

「昨日、寝苦しかったから何度も寝返りを打ってたの。そのせいかな」


はあ、と深い溜め息をついて櫛を髪に入れる。
梳いた直後はゆるやかに言いなりになっている髪が、ぴん、と反抗するように主張しだす。
そして、またも深い溜め息を吐いた。

そうしている姿はどこにでもいる普通の女の子と何も変わらず、セシルはついくすりと笑ってしまう。


「あ、ああ。笑った!笑わないでって言ったのに」

「うん、いや…すまない」


一言謝罪を入れるともう何も言えないのか、ティナは少し頬を染めたまま眉をハの字にした。
セシルは軽く咳払いをして、ティナの後ろに腰を落とす。


「櫛、貸してくれる?」

「え?う、うん」

「ちょっと失礼するよ」


少し戸惑いながらもセシルに手渡された目の粗い櫛をティナの髪に滑らせる。


「霧吹き、あるかい?」

「あ、うん…でも駄目なの。濡らすと変にうねっちゃって」

「髪の毛って頑固だよね」

「セシルもそうなの?」


少し憤慨して、憎いくらい、と言うとティナもくすりと笑う。


「あ、笑ったな」

「ごめんなさい。でも、だから朝いつも遅かったのね」

「はい、前を向く」


素直に居を正したティナの髪を手に取ると、霧吹きで濡らしながら馴染ませるように何度か握り込む。
セシルは常に自分がしているように、真っ直ぐになれ、と念じてみる。
我が侭はおよし。そうだ、いい子だね。

まるで猛獣使いだ。
それに気付いたときは可笑しくて仕方なかったけれど、まるで爆発に巻き込まれたかのように広がる髪は猛獣にも等しいのであった。


「髪は上で纏めちゃっていいのかい?」

「やってくれるの?」

「お気に召すままに」


恭しく頭を垂れてみせると、ごっこ遊びのような物言いにティナは楽しそうに頷いた。
前髪を残して髪を纏め上げ、ティナがいつも髪を縛っている位置まで持ってくる。
だがふと思い直して、頭頂部近くに髪を纏める。
櫛を使って、髪の毛を逃がさないように、後れ毛が残らないように丁寧に手の中に収める。


「ティナ、紐か…ええと、ヘアゴムかい?あるかな」

「ゴムあるよ。ティーダにもらったの」


鏡の前に置いてあるそれを手渡され、ありがとう、と軽く返す。
セシルは紐やリボンで纏めるのが普通だと思っていたが、この世界にいる仲間の内にはそうじゃない者もいるらしい。
随分便利だと感心したものだ。

ふとそのとき、鏡の中に自分を窺う興味津々な視線に気がついてセシルは手を止めた。
鏡の中に問い掛ける。


「…どうかした?」

「何かすごく手慣れてるなぁって思って」


あぁ、と笑ってセシルは手の中にある輪状の伸縮性に富んだそれを指で広げる。


「ぼくも自分で髪を纏めるから。暗黒騎士のときは兜の中にしまわなきゃならないからね」

「大変なのね」

「そう、それにしっかり留めておかないと…大変なことになる」


至極真面目な顔をしてそう告げると、鏡の中の顔はまるで冒険譚の緊迫したシーンに差し掛かったときの子どものように息を詰める。


「敵と戦っているときに後頭部が痛む。すわ援軍かと振り返ると誰もいない。何のことはない、兜の継ぎ目に髪の毛が引っ張られただけなんだけどね」


とんだバックアタックだよ。
そう言うと、ティナは声を上げて笑った。

セシルもその反応に少し満足して微笑み、ぐるりとティナの髪を結い上げる。
このまま後ろに散らしても可愛らしいと思ったが、少し悪戯心が働いて、縛った箇所を支点にくるくると巻き付けた。
ばらけないように細心の注意を払いながら毛先を纏め込むと、柔らかいお団子の出来上がりだ。


「どうかな?」


ティナの顔を、今度は鏡越しではなく直に覗き込むと、ティナは少しぼうっとしていたようだ。
わたし、と小さく漏らした言葉を聞き逃さないようにセシルは口を閉じる。


「髪の毛なんて邪魔にならなければいい、って思ってた」

「それは…すまない」


勝手なことをした。
そう思い俯くと、ティナが弾かれたように振り返る。


「どうして謝るの?私、すごく嬉しいの。こんなに可愛くしてもらって」

「…そうなのかい?」

「うん。可愛くなれて、嬉しい。私もそんな風に思えるんだってことが、嬉しい…」

「ティナ…」


セシルは無性にティナの頭を撫でてやりたかった。
けれどお団子を崩さないようにと、出来るだけ優しくティナの肩に手を置いた。


「ねえセシル、私、あなたにお礼がしたい!」







「遅かったな。もう皆朝食を終えてしまった。二人の分は…」

「ティナ!どうしたのそれ、すごく可愛いよ!」


ウォーリア・オブ・ライトが珍しく言葉を止め、すぐにオニオンナイトがティナに駆け寄る。
ティナがくすぐったそうに笑い、セシルにやってもらったのと零す。
セシルはその後に付いて少し重たげな歩みを進めた。


「それで、セシルは私が」


皆がぽかん、といった風に顔をこちらに向けている。
出来ればあんまり見ないで欲しい。
セシルの髪は常のティナと同じように結わえられ、秘蔵であろうリボンまで飾り付けられていた。

髪の結い方これしか知らないから、ごめんね。
ティナは言っていたが、そういう問題じゃない。
だがセシルにはティナの好意を無碍にすることは出来るはずもなく、楽しそうにセシルの髪を触っているティナの邪魔をすることも出来なかった。
ティナが喜んでくれるなら。
そうは思うが、人前に出るとなればやっぱり恥ずかしい。


「可愛いでしょう?」


その言葉に各々が我に帰ったのか、ギクシャクしながら頷く者、敢えて何も言わない者、まだぽかんとしている者など様々な反応が返ってきた。

ティナは満足がいったのか、今にも飛び跳ねそうな足取りで朝食に向かう。


「セシル!朝ごはん早く食べちゃおう」


諦め半分、微笑ましいの半分でセシルが歩き出すと、フリオニールがそっとセシルの肩に手をかけた。


「…災難だったな」

「…ああ…」


セシル、ともう一度呼ばれて、少し足早にティナの元へと向かう。
はい、セシルの分。
そうやって手渡された皿を、セシルは謹んで受け取った。


「私、今度からセシルと一緒のテントがいいなあ」

「…それは…まずいんじゃないかな、色々と」


どうして?とティナが不思議そうに目を丸くする。
セシルは苦笑しながら、どうしても。とほんの少しだけ語気を強めて言った。







ティナは女性性の目覚めが遅い感じだけど、ガウのお着替えイベントではセリスと一緒に女の子しててめっちゃ可愛かった。




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