人の話を聞かない。
そう言った批評を耳にして、ガーランドは首を傾げた。


ここ、カオスの陣営では皆が一同に会することなどほぼ有り得ない。
輪廻の起するところからその記憶を保ち続けているガーランドにも、数える程しか思い出せなかった。

作戦を練るなどと言って皇帝が軍勢を集結させたがることはままあることだったが、皆がそれに従うことは今までなら考えられないことだ。
そして、現在まで負けを越している面々による愚痴大会が始まったのである。


あの小僧、思ったよりもやりおるわ。
あいつ暫く見ねえうちにちゃんと成長してやがってよ。

そんな言葉に紛れ、よりによって私に向かってウボァーがどうだの、ムッキー!あのサルめ!だの、パスってなんなのさ僕を馬鹿にするなだのと、ガーランドの頭が痛くなるような底辺のやり取りも聞こえてくる。

ファファファ!あの小僧私に怯えておったぞ。
あの男、逃げてばかりで果たしてクリスタルはどうやって手に入れたのか。


そんな折、輪の外で頭を押さえていたガーランドにも声がかけられた。


「あの若造、あなたどういう躾をしているのです?」

「若造…?」


ガーランドに言うくらいだ、間違いなく光の勇者のことだろう。
だが、躾とは一体何のことだ。
それ以前に躾をするような立場にいるつもりは甚だないのだが。

時を操る魔女、アルティミシアはその整った顔を苦く歪ませていた。


「あの者、人の話を途中で遮るのですよ。話は終わりか、ですって。小憎たらしい」


常とは違い、感情を顕わに唇を尖らせるのを見て、ガーランドは少し微笑ましくなる。
輪廻の中で何度も見てきた顔も、こうして新たな一面を発見することもある。
戦いの輪廻から抜け出すことを諦めた身には、その一つさえどこか新鮮なものとして感じられた。


「光の勇者となら私も対峙した」

「あら、セフィロス。あなたもですか?」


突然横から入った声に、ガーランドは鎧の下で内心驚く。
この者がこのような場に居ること事態が珍妙だったが、まさか話に入ってまで来るとは。


「それで、あなたは何と?」

「早く済ませたい、だそうだ。こちらの話には聞く耳も持たないらしい」


それはそれで正しいとも言える。
カオスの面々は皆、心を削ることを得意としている。
耳を傾ければ傾けるほど、追いやられて不利な状態に持ち込まれるだろう。
だが、この二人は…特にアルティミシアは、それが気に食わないそうなのだ。


「ガーランド。あなたから言って差し上げて。早計もまた身を滅ぼすと」

「うむ…」


ガーランドは唸った。
仮初めとは言え志を共にする同志。
目的は違えど目指す結果は同じなのだ、出来れば意に沿いたい。
だが、ガーランドがどんなに記憶を掘り返しても、光の勇者にそのような態度を取られたことはないのだ。
いつもこちらの言い分を最後まで聞いてから反論する。
己の意志を貫くことに変わりはないのだが。

それを告げると、アルティミシアはあら、と拍子抜けしたように眉を開く。
そうして肩を竦めた。


「あちらも、あなたには思い入れがあるのかもしれませんね」


そして興味が失せたようにガーランドの元を離れ、別の輪に戻る。
セフィロスの姿は見えなくなっていた。
ガーランドはこの不毛な弁論が交わされる間中、ずっと頭を抱えていた。






そして今、光の勇者と合い見えるとき。
すぐにでも闘争を始めるのが常であったが、アルティミシアの言葉が気にかかっていた。
無視しても構わない程度の小さなことだ。
向こうとて期待などしていないだろう。
だが、ガーランドは元来の真面目な気質ゆえに頼まれ事があると気になって仕方がないのだ。
どう切り出したものか、とガーランドは思いあぐねた。


「…光の戦士よ」


思ったよりも弱々しい、困惑したような声が出る。
勇者も異変を感じ取ったのか、警戒が強くなる。
ガーランドは、あーだのうーだの、意味を成さない唸りを何度か上げた末、やっと言葉を口にした。


「お前は…その、人の話を最後まで聞かない、とだな。こちらの者から苦情があった」


光の戦士は表情を変えぬまま、だがぱちりとまばたきをした。


「それが…どうかしたか?」

「どうかした、だと?戦う相手を敬うのは武人として最低の礼儀だ!これだから…」


言いかけて、慌てて口を塞ぐ。
最近の若い者は、などと言えばただの口うるさい年輩者である。
光の戦士は姿勢を解いて、構えていた剣を地に向けて下ろしていた。


「全力で戦える相手なら敬いもしよう。だが、お前たちの言葉は人を惑わすだけのもの。心を傾け聞く必要がどこにある」


正論だ。
全く持って、正論だ。

ガーランドは頭を抱えた。
だが、アルティミシアの言い分もわからないではないのだ。
話を途中で遮られてはすっきりしないし、腹立たしくもなる。
ガーランド自身、光の戦士にそのような態度を取られることを想定すれば、腸が煮えくり返る思いをするだろう。

そこまで考えて、ガーランドはふと勇者の言葉を反芻する。
そして鎧の下でにやりと笑った。


「つまり、お前はわしを敬うに値すると思っているわけか」

「…どうしてそう思う」

「お前はわしの話を遮りはしない。そうだな」


光の勇者がどことなく忌々しげに息を吐く。
ガーランドは不謹慎にも、喜びを感じていた。
これほどやり合える相手に、己が敬意に値すると言わせたようなものだ。
武人として至上の慶びだった。


「ガーランド、夫婦間での不満や諍いの原因で一番に来るものを知っているか」

「……唐突に、何だ」


高揚した気分に水を差されたようで、ガーランドは険悪な声を上げる。
光の勇者は全く意に介していないようで、言葉を続けた。


「夫が妻の話を聞かないこと、話を途中で遮り結論を先回りして言うことだ。女性の会話の目的は、その内容を伝えることよりも話をすること自体にあるからという説が有力らしい」


つらつらと語る勇者に、ガーランドは眉を顰めた。
この会話の目的が全く理解出来ない。


「だが、結論がわかりきった話ならばさっさと済ませたい。そうは思わないか?」

「うむ…まあ、そうだろうな」


ガーランドは意図が掴めないながらも頷く。
その心情はわからないでもない。
実行するのは人でなしだと思うが。


「だが、私は耐えた。遮りたくても、終わらせたくても、耐え抜いた。お前にだけは。ガーランド、何故かわかるか」

「…わかるわけがあるか!先程から一体何の話をしているのだ!」


謎掛けのような会話に焦れて、ガーランドが激昂する。
光の勇者は、鈍いな、と溜め息を吐いた。
そして、剣をすらりと持ち上げるとこちらに向けた。


「私はお前のためなら耐え抜く自信がある。結婚しよう、ガーランド」


ガーランドは、がくん、と顎が落ちるのを感じた。
頭がどうかしてしまったのだろうか。
だが、その瞳は常と寸分変わらず強い光に満ちていた。


「ガーランド、返答は如何に」


向けられた刃がぎらりと光る。
歴戦を誇った己が、すっかり腰が引けてしまっている。
ガーランドは俯き加減で再度頭を抱えた。
それでもどうにか呼吸を整える。
そして、何とか声を絞り出した。


「考えさせて……ください…」







頭がどうかしたんだと思う。
ガーランドは必要以上に押されると弱いタイプだと信じているよ!頑なに!




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