宿の部屋に備え付けの鏡台の前に座り、ティファは髪を梳いた。
乾きかけの濡れ髪は真っ黒で、どうしてこんな色なんだろうと溜め息を吐いた。
バスルームから聞こえるシャワーの音が止まり、少ししてがちゃりと戸が開く。
髪を拭きながら、気持ちよかったあと出てきたエアリスにティファはすっきりした?と声をかける。
「うん。埃まみれ、気持ち悪いもんね」
そうね、と笑うと、エアリスはにこりとしてティファに近寄った。
「ね、お願い」
「しょうがないなあ」
「やった!」
ティファが鏡台の前から避けると、エアリスがいそいそと丸椅子に座る。
その後ろに回って、エアリスの髪に櫛を入れる。
柔らかくて、ふわりと揺れるその髪がティファは好きだった。
「うーん、やっぱりティファにやってもらうといいなあ」
「そう?誰がやっても同じじゃない?」
「わたし、自分でやるとどうしても絡まっちゃうの。何でだろ」
「じゃあエアリスが不器用なんだわ」
「言ったな、このー!」
怒ったふりをして拳を作るエアリスにティファがごめんごめん笑うと、エアリスはよろしい、と椅子に座り直した。
素敵なひとだ、と思う。
こうして一緒にいるだけで胸の奥がほっと温まって、嬉しくなる。
それに比べて、自分は。
こんないいひとと自分を比較して、勝手に落ち込んで、ヤキモチを妬いて。
どろどろとした感情は内に籠もり、ティファを腐らせていく。
鏡に映る自分の姿が醜く歪んで見えて、エアリスの髪に額を押し付けた。
「ティファ?」
「…ごめん」
「ティファ、濡れちゃうよ」
「ごめん。ごめんね」
エアリスの肩がすとんと落ちて、それからすうっと呼吸に合わせて上がった。
「ティファ、ちょっと離しなさい」
「…あ、ごめん、なさい」
ティファが慌てて身を離すと、エアリスは丸椅子の上でくるりと身を反転させる。
うん、と満足そうに頷いてそれから、正面からティファを抱きしめた。
「これでよし」
とんとん、と背中を叩かれて、涙がこみ上げてくる。
エアリスのこと、すごく好き。そう思う、なのに。
「…私、エアリスのことが羨ましい」
「ん?どうして?」
「どうしてって…エアリスは優しいし、女の子らしくて、とっても強くて」
「わたし、強いかな?腕相撲しても勝てないよ」
そういうんじゃなくて、と言うと、ごめんわかってる、と少し笑った。
背中を叩く一定のリズムが懐かしくて、遠い記憶の中の母を思わせた。
胸の内がぽろぽろと零れてくる。
「…エアリスみたいになりたい。こんな、羨ましがってるだけの私じゃなくて」
うーん、とエアリスが間延びした特有の唸り方をした。
汚い自分を見せてしまったことが悲しい。
エアリスは少し首を傾げたようだった。
「わたしもティファ、羨ましいよ」
「え?」
びっくりして、どうして、と訊く。
ほら「どうして」だ、とエアリスが笑う。
「わたし、力がないから。隣で戦えるの、羨ましい」
「…エアリスは回復がうまいじゃない。みんな頼りにしてる」
「ティファみたいにお料理うまくないし」
「そんなの、慣れよ。それにお菓子はエアリスが作った方がずっとおいしい」
「おっぱい大きくないし」
「そっ……」
抱きしめられて、半ば押し付ける状態になっていた胸を離そうとエアリスの肩を軽く押す。
エアリスは、させないようにぎゅうと強く抱きしめた。
「それに、ティファの髪、羨ましい」
「え…どうして?私、エアリスみたいな髪の毛が良かった」
「ティファ、くせ毛の苦しみ、わかってない」
少し憎らしそうに言って、エアリスはティファの髪を一房指で掬った。
「まっすぐで、つやっとしてて。戦ってるときもしなやかで。きれいだなあってずっと思ってた」
指の間から流れた髪が、さらりとティファの肩に落ちる。
ティファは、エアリスの背中に手を回した。
「私たち、羨ましがりあってたのね」
「そうみたい」
ふふ、とどちらからともなく笑いが零れる。
ティファの背中をゆるやかに撫でながら、だからね、とエアリスは言う。
「ティファにしかできないこと、いっぱいある。わたしにしかできないことがあるように」
「そう…かな」
「うん。教えようか?」
「ううん。自分で見つける」
「えらいっ」
よしよし、と小さい子にするように頭を撫でられて、ティファは温かさに少しむず痒くなる。
私にしかできないこと。
私がしたいこと。
何だろう、と思う。
「じゃあ、ヒントだけ。ティファはクラウドに何をしてあげたい?」
その質問を反芻する。
じっくり考えてから、ティファは答えを出した。
「…支えて、あげたいわ」
エアリスもそうなんでしょう?
そう訊くと、エアリスはゆっくり首を振った。
「すこし、違う。わたし、クラウドを守りたい」
静かな声なのに、その言葉は凛とティファの中に響いた。
「…やっぱり強いよ、エアリスは」
「そう?じゃあ、どうして強くなれるんだと思う?」
わからない。
ティファは少し思い悩んで、首を傾げる。
「ブー。時間切れ」
「答え、教えてくれるの?」
「しょうがないなあ」
エアリスがティファの肩口に頭を寄せた。
そして囁く。
「貴女のことも、守りたいから」
優しすぎる響きに、ティファはいたたまれなくなって、どうしようもなく愛しくて。
エアリスの背中を強く抱いた。
「いたたた、ティファ、ちょっと、強すぎ」
「あっ!ごめんなさい!」
慌てて体を離すと、エアリスが背中を押さえながらふう、と溜め息を吐いた。
ごめんなさい、ともう一度謝ると、馬鹿力、と茶化される。
濡れた髪のまま抱き合っていたせいで、宿で貸してくれた夜着はすっかり湿ってしまっている。
二人とも髪が長いため、被害は甚大だった。
「乾くかしら、これ」
「うーん。それより、宿の人に替えがないか聞いたほうがいいかも、ね」
「時間が遅すぎないかしら。もう休んでるかも」
「風邪を引くよりマシ!さあ、そうと決まれば行こう!」
「ちょ、ちょっと、エアリス!」
強引に手を引っ張られ、廊下へ飛び出す。
もう、エアリスったら。
困った顔をしてみせるけど、繋いだ指先がくすぐったくて、その温かさにティファの顔はすぐに弛んでしまった。
クラウドは、エアリスが守ってティファが支えてやっと戻ってこれたから、本当にWヒロインだなと思う。
どっちが欠けてても駄目だった。
エアリスは芯の強い人だけど、守る人がいるとずっと強くなれるんだろうな。
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