激戦の地から少し離れたところで、フリオニールはミンウと並んで座っていた。
ミンウを呼び出して、戦うつもりが無いのがわかると彼は苦笑していたが、会えるだけで嬉しい。
始めこそのばらのばらと血の気多く異世界の自分を倒すことに専念していたが、幾度か戦闘を重ねるうちにミンウに会うことが目的になっていった。
ミンウも、構わないよと言ってくれたので、フリオニールは戦闘を抜きにしてこうして話をしに来る。
積もる話はあるもので、ただ一緒にいるだけで時間は過ぎていく。
身振り手振りを交えながら、時には武器の手入れをしながらもこの世界での話や二人の間の思い出話をすると、ミンウは微笑ましげに頷いてくれた。
「それでさ、そのときマリアが言うんだよ。ばくはしましょう!って。俺もうびっくりしちゃって」
「ふふっ。彼女は少しせっかちさんだからね」
「だけどそれにしたって…」
ふと、ミンウがフリオニールの手元を見ているのに気付いて、言葉を止めその視線の先を追う。
フリオニールが今手入れをしていたのは、いつも片腕を覆っている盾だった。
ああ、と嘆息する。
「…うん、ミンウの盾だよ」
「やはりか。見覚えがあるなと思ったんだ」
「勝手に持って来ちゃってごめんな。ミンウの…形見だったから」
この杖も、と傍らに置いてあった武器を手に取る。
ミンウは少し遠い目をする。
道理で、あの後ミンウが覚醒したときに武器も防具も持たず裸同然の装いだったはずだ。
死後の世界ならばそういうものかと納得はしたが、後にパーティーに加わったリチャードなどはフル装備の状態だったのでおかしいと思っていた。
お陰でミンウはそこらで拾った慣れない斧を携えて死に物狂いのテレポを連発することになった。
あんなに必死で魔法を唱えたのは、帝国軍に占領されたフィンの町でフリオニールがキャプテンに喧嘩を売りまくったときか、命知らずの若者たちにミシディアまで引っ張って行かれたとき以来か…
死と隣り合わせの旅を思い出しているミンウの様子をフリオニールが窺う。
「…どうした?ミンウ」
「……いや、何でもないよ」
そうか?と首を傾げ、また手入れに戻るフリオニールの横顔を眺める。
随分勇ましい顔つきになった。
反乱軍に志願してきた頃は、少年の丸みこそ取れていたものの、まだあどけなさの残る表情をしていた。
あれから彼らが多くの困難を乗り越えてきたことをミンウは知っている。
ミンウの前ではまだ幼い感情を見せるが、戦いになると歴戦の軍人をも凌ぐ闘気を発することも。
そういえば、と彼に降りかかった困難の一つを思い出してミンウは問う。
「君はヒルダ様のことが好きなのか?」
「ぶっ!!」
フリオニールが吹き出し、手にしていた盾を取り落とす。
な、なな、と言葉も紡げないほど動揺している姿にミンウは少し頭を傾いだ。
「そういうようなことを、小耳に挟んだものでね」
「えっ、あ!ま、まさかあのことか!?いや違う、あれは、その…」
ここまで動揺してしまっては、真意を引き出すことなど出来はしまい。
ミンウは軽く腰を浮かすとフリオニールとの距離を詰めた。
フリオニールは少し身を竦める。
だが口の中でまた何かごちゃごちゃと言うと、言い訳なのか自己弁護なのか測れない言葉を構成した。
「お、王女のことは敬愛しているけど、あれは、何て言うか」
「もうそのことはいいよ」
ミンウは静かに告げると、フリオニールにしなだれかかる。
頭を預けたその肩がびくりと硬直した。
「み、ミンウ…?」
ミンウは無言のまま、服の上から鍛えられた胸に手を這わせる。
本当に逞しくなった。
「私がどうしてこんなことを聞いたか、わかるかい」
すり寄るようにしながら見上げると、かち合った瞳は熱っぽく潤んでいる。
ゴクッ、と生唾を飲む音が聞こえる。
ミンウは堪えきれなくなって、たまらず吹き出した。
「え?あ、……え?」
「い、いや、すまないね。君がこういう事態にどんな反応をするのかが見たくて」
その分だとヒルダ様に対して恋愛感情があったからというわけではなさそうだ。
目尻に浮かんだ涙を拭いながらそう告げると、フリオニールは暫し呆然とした後赤くなって顔をしかめた。
「…揶揄ったのか!」
「純朴なのは悪いことではないけどね、フリオニール。私のような男にまで反応するのは少し無節操にすぎるんじゃないか?」
でも君のことがまた一つわかって良かったよ。
そう言って身を離し、くすくす笑い続けるミンウにフリオニールはそっぽを向く。
「おや、怒らせてしまったかな」
幼子にするように頭を撫でられて、フリオニールは唇を噛んだ。
わかってない。全然わかってない。
痛いほどに早鐘を打つ心臓を押さえながら、フリオニールはされるがままになっていた。
BGM→白鳥の湖
ミンウはヒルダに対して恋愛感情ではなく一筋だと思ってるよ。
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