ジタンが食料を調達するようになってから、クジャは大分調子が良くなった。
苦しそうな呼吸をすることもなかったし、日中はほとんど起きていた。
特に調子が良いときは、自分で上体を起こすこともできる。

ジタンはますます張り切って食べられそうなものを探すようになった。
一応クジャに判断をしてもらおう、と見るからに有毒な色合いをした茸を持ち帰り、君はそれが食べられるように見えるのかい、と蔑んだ目で見られることもあったが。

たまに少し遠出して、狩りもした。
喜び勇んでクジャのところまで戻って獣の肉を差し出して、ああ僕ベジタリアンだから、とすっぱり断られたときは、それはもう喧嘩した。
あんなに口喧嘩に火花を散らすのは、後にも先にもあれっきりだろう。

肌寒い夜はクジャの体を摩擦して暖めようとして、気持ちが悪いと怒鳴られた。
ならばと枯れ草を集めてクジャの体を包んでやると、かぶれたと更に怒鳴られた。


クジャは感情豊かで、思ってもいない表情を見せる。
ジタンは、最近自身がまばたきの回数が減っていることに何となく気付いていた。
頻繁に目が渇くのだ。




「よく動くね、その尻尾」


言われて、ジタンは自身の後ろを見た。
確かにふよふよと落ち着かずにあちこちに向いている。
だが、別にわざわざ言うことでもないように感じる。
クジャ自身、見慣れているもののはずだからだ。


「お前、尻尾あるだろ?」

「あるよ。ほら」


事も無げに、下半身を覆うゆったりとした腰布の下から取り出してみせる。
ジタンは何だか拍子抜けしてしまう。
以前のクジャは自分がジェノムであることを嫌い、見た目をできる限り変えていた。
尻尾だって、ジタン達が全く気付かないくらいきれいに隠し通していたのだ。
視線でジタンの考えていることがわかったのか、クジャは目を細めた。


「今更君に隠したって仕方ないだろう」

「まぁ、そりゃあそうだ」


見つめられるのを恥ずかしがるようにクジャの尻尾がゆらゆら揺れる。
あまり見られるのも嫌だろうか、とクジャの様子を窺うと、クジャも自身の尻尾をぼんやりと見つめていた。


「…尻尾ってこんなに揺れるんだね」


ぽつりと零した言葉に、ジタンは思う。
ジェノムの象徴とも言える尻尾を、クジャは人に見せないようにだけじゃなく自分でも見ないようにして生きてきたのだろう。

自分を否定して生きるって、どんな気分なんだろ。
ジタンはクジャの中の、クジャに認められなかった部分に想いを馳せる。
クジャの全部を好きになれる気は到底しなかったが、クジャが見捨てた部分は残らず受け止めよう、と思った。


「同じだね」

「え?」

「君と、僕の尻尾。動き方が同じだ」

「そりゃそうだろ、兄弟なんだから」


クジャはぱっと顔を上げてジタンを見た。
高揚したような、呆然としたような不思議な表情だ。


「僕を、兄と呼ぶのかい」

「だってお前が言ったんだろ、俺のこと弟って」


クジャはぶっきらぼうにそうかい、と言うだけだ。
だが、自分の尻尾の動きを見慣れているジタンには、小刻みに震える尻尾の感情が読み取れてしまう。
でもそのことには触れずにジタンはクジャの尻尾を眺めた。


「でもクジャの尻尾は俺のより毛色が強いんだな。クジャの髪と同じ色だ」

「ああ、ほんの少しだけど、………?」


そこまで言って、クジャは不思議そうに首を傾げた。


「君、僕の髪の色を覚えてるのかい?あんなに小さかったのに」

「今まで言わないでおいてやったけど、クジャ髪の毛プリンになってんだぜ」


頭の天辺を指しながら言うと、クジャは物凄い勢いで両手でそこを覆った。
表情はまさに絶望、と言った様子で、ジタンは思わず吹き出してしまう。


「……一生の恥だ…」

「い、いや、クジャの地毛の色きれいだし、そんな」

「笑いたいなら素直に笑えばいいだろう」


じとりと睨みつけられ、ジタンはやっと笑いを飲み込む。

クジャの地毛がきれいだと思ったのは本当だった。
脱色のためにぱさついている毛先とは違い、根元の方は柔らかく纏まっている。
壁から差し込む日の光が少し反射してきらきら光る。
青空の下で見ればもっときれいなんだろう。


「じゃあ、ここを出たら一番に髪を染めなきゃな」

「本当だよ…ああ、こんな無様な姿を他人に見られるだなんて…」

「いっそ、髪色戻しちまえば?」


ええ、とクジャが嫌そうな顔をする。
ジタンはめげずに続けた。


「尻尾も隠さないでさ。髪と一緒に揺らしながら歩くんだ。気持ちいいと思うぜ」

「…そうかな」

「そうだよ」


考えておく、とクジャは笑う。
ジタンも笑って、クジャの脚に手を置いた。


「じゃあ、さっさと体を治して、自分の足で立てるようにならなきゃな」

「最近、具合は大分いいんだけどね」

「そうだよなぁ。やっぱり俺の採ってくるものがいいんだな。目が利くっていうか」

「…半分くらいは毒草だけどね…君は、僕がいなかったらどうするつもりだったんだい」


呆れて肩を竦めるクジャを見て、ジタンは笑う。
笑って誤魔化すな、と睨まれ、固いこと言うなよと脚をタップした。

触れた体はぞっとするほどに冷たい。
もうこの脚は動かない。
ジタンはわかっていた。






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