何度も打ちつけているうちに、少しずつ欠片が増えていく。
穴が広がっている証拠だった。
最初はクジャが起きないか、それが気にかかったがどれだけ音を立てても身じろぎもせずに昏々と眠り続けている。
全力で根を削っている間は無心だったが、急に背筋が冷えるときがあった。
ばっ、とクジャを振り返ると、変わらずその胸は上下し続けていて、安堵の息を漏らす。
そしてまた盗賊刀を振り上げる。
その繰り返しだった。


腕が痛くなって、とうとう刀を取り落とす。
息も荒く、ジタンはふらふらだった。
目がぼやけて、暗くて何も見えない。
視界がはっきりしないのがもどかしくてジタンは目をごしごしと擦る。

やっとすっきりした目をぱちぱちさせて、気付く。
目がぼやけているわけではなく、本当に暗いのだ。
壁の隙間から覗く外はもう夜だった。

やれやれ、とジタンは盗賊刀を壁に立てかける。
根を詰めすぎても良くない。
今日はもう休もう、とジタンは寝床になりそうな場所を探した。

クジャの横たわる傍まで来て、その寝顔を見つめる。
呼吸は穏やかだった。
大丈夫、生きている。

ジタンは何となく、その場に座り込んだ。
すぐ後ろに壁があって、そのまま背中を預ける。
じんじんと痛む手のひらをぼうっと見る。
半日の間刀を打ちこみつづけただけでこのざまだ。
弱気が襲ってくるのを抑え込もうとしたが、ぶるりと体が震えた。

顔のすぐ横にある壁の隙間から外を見やる。
顔の半分くらいの幅だったが、夜の澄んだ空気が流れ込んできて、心地よかった。

夜空を見ながら、飛空挺の前で別れた仲間を想う。
無事逃げ延びただろうか。いや、無事に決まっている。
あのシドが指揮を取っているのだ。
我らがリンドブルムと、果敢なお姫さまの配下であるアレクサンドリアが力を合わせたのだ。
できないことなどないに等しかった。

自分は帰れるのだろうか。
胸に入り込む隙間風をジタンは握った拳で振り払う。
いや、帰るんだ。
待っていてくれる仲間のところに。
お姫さまとの約束を果たすために。ガーネットのところに。

そう思うと、心がじんわりと温かくなる。
あのメロディーが自然と口をついて出ていた。
短い旋律の繰り返し。
彼女が歌うように誰かの心を癒やす力はないかもしれないけれど、流れ出る歌はジタンの心を包んだ。


「……う、」


クジャが身じろぎをして、ジタンは歌をやめる。


「…今のは…?」

「悪い、クジャ。起こしちまったか」

「いや、…まだ夜か」


少し顔を動かして辺りの状況を把握しようとする。
自力で体を起こすことはできないようだった。


「起きるか?」

「いや、いいよ。まだ眠い。ジタンは休まないのかい?」

「もう少し起きてるよ」


そう言って、あ、とジタンが声を上げる。
クジャがこちらに顔を向けた。


「そうだ、あっちにあるぽっかり穴が」

「ぽっかり穴?」

「ああ、穴が開いてるんだ。ぽっかりと。ちょっと通れそうにないけど、根を削っていけば出られる。ほんとに少しずつ、だけど」


クジャの顔が少し明るくなったが、思うところがあるのか次第に怪訝そうな顔に変わる。


「どうした?」

「ぽっかり穴って、ネーミングセンスを疑…あいたっ」


ジタンが拳を作って頭を叩くと、クジャが目尻に涙を浮かばせる。


「ひどい、何をするんだい!こんなに弱ってる僕に」

「そんな口が叩けりゃ大丈夫だな」


ふん、と鼻を鳴らすと、ジタンは冷たいなどとぶちぶち言った。
クジャの不満が空気に溶けてゆき、沈黙がまた訪れる。
ジタンはまた夜空を眺める。
クジャがねえ、と小さく呼び掛けてきたので振り返った。


「何だ?」

「…もう一度…」


クジャが黙ってしまっても、ジタンは問い詰めはしなかった。
ただ、聞いているよ、ということを伝えるために頷いた。


「……歌ってくれないかい?さっきの歌を」

「…ああ、いいよ」


ジタンの心を癒やしたこの歌はクジャの心の楔をも溶かすだろうか。
ジタンはメロディーを奏で続けた。
願わくば、この世界の底に蹲る死に神のところまで届きますように。
願わくば、あの空の向こうで泣いているかもしれない彼女のところまで届きますように。






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