ぱらぱら、と砂塵が降る音がした。
頭にその一部が落ちてくるわずかな感触を感じ取り、ジタンは自分の五感が生きていることを悟る。
生きている。そう、生きている。
細かな感触がわかるのならば、強すぎる痛みに感覚が麻痺しているということはあるまい。
ジタンはうっすらと目を開けた。
最初に目に入ったのは岩だった。
その意味を理解すべく、目の前の岩のように固まった思考をほぐしたとき、耳元でぜえっ、と苦しそうな吐息が漏れた。
弾かれたようにジタンの頭が覚醒する。
「クジャ!」
先程まで顔を少し動かすことで精一杯だという風に見えたクジャ。
イーファの樹の根たちが異物を排除しようと襲いかかってきたとき、ジタンは咄嗟にクジャの上に覆い被さった。
かばった、のだと思う。
考えている隙はなかった。頭より先に体が動いていた。
そのクジャが身を起こして、ジタンはクジャに抱きつく形になっていた。
体に回したジタンの腕を押しやるように、クジャの手が突き出されている。
伸ばした手の先を見やると、絡み合った根が岩のように変化し固まっている。
その表面には、まだ魔力の片鱗が残ってぱりぱりと音を立てていた。
「どう、して…」
「さぁ…僕も、まだアルテマが撃てるなんて思わなかったよ」
クジャは笑おうとしているようだった。
だが、喉が裂けるような苦しげな呼吸が邪魔をして、口元が少し引きつっただけだ。
「…君が、いなかったら、無理だったろうね」
「…なら、俺に感謝しろよ」
クジャは今度こそ笑ったが、少しも経たないうちに咳に変わる。
ジタンは慌ててクジャの上からどいて、隣に回ると背中をさすった。
丸めた背中を辿る手がごつごつと骨の感触を拾う。
細い。そう思った。
クジャに触れるのは初めてのことだが、元からこんなに頼りない体をしていたのだろうか。
「…もういいよ、だいじょうぶ」
クジャが言うので、背中をさすっていた手を支えに変えて、ゆっくりと横たえる。
小さいけれどきちんと上下している胸の動きに安心して、ジタンは改めて周囲を見渡す。
小部屋くらいの広さを残して、根は完全に固まっていた。
先程ジタンとクジャがいた足場の周りを覆っているらしく、その程度の広さしかない。
ジタンは立ち上がると壁になった根に近付き、コンコンと拳で叩いてみる。
「…駄目だな、石と同じだ」
「アルテマのせいで、この子たちに危険物だと認識されたようだね。始末できないなら閉じ込めておこうという気らしい」
「そりゃまいったな。話してわかってもらえりゃいいんだけど」
「…僕のせいで君まで」
「そんな顔すんな。隙間はあちこちに空いてるから窒息死なんてことはない。何とかなるさ」
ジタンは伸びを一つすると壁に触れた。
しかし、魔の森といい、この世界の植物はどうして石化したがるかねえ。
暫し辺りをうろついて、壁を叩いて回る。
薄くなっているところはないか調べてみたが、どこもさして変わらない様子だった。
途方に暮れて上から下まで目をやってみる。
そのとき、下の方、ちょうど足場と根の隙間の辺りに色が見えた気がした。
見逃さないように、もう一度そこを凝視する。
足場の下、見えにくくなっているが確かにそこには穴と言っていい程の隙間があった。
駆け寄ってしゃがみ込む。
試しに腕を差し入れてみるが、肩口までいったところで頭が引っ掛かる。
とても人一人通れる幅ではなかった。
それなら、とジタンは腕を引き抜き、腰に携えた盗賊刀を引き抜く。
できるだけ振り上げて、力一杯振り下ろす。
ガキン!
鈍い音と共に弾かれた。
歯が立たない。
ジタンは衝撃に痺れた手に何とか力を込めると、腰を落として穴の側に指を這わす。
欠けている。
ほんの少しのへこみ程度だったが、確かに傷がついた。
壊すことができるのだ。
「クジャ!」
ジタンが声を上げ、振り返る。
クジャは目を閉じて動かなくなってきた。
さあっと血の気が引く音が耳の奥でする。
ジタンは駆け寄って、その傍らに跪く。
「クジャ!おい、クジャ起きろ!」
両手で鷲掴むようにして肩を揺する。
乱暴な程だったが、構ってられなかった。
「おい、ふざけんな!目を、」
ひくり、と喉が引きつる。
この場にして初めて、ジタンは恐ろしさに包まれた。
背中が冷えてゆく。
自分の怒鳴り声が壁を隔てた向こうのように聞こえる。
それでもジタンは肩を揺する腕を止めなかった。
「…うるさいねえ。疲れてるんだ。少し眠らせてくれないか」
「クジャ…生きて、たのか」
「生憎と、そう簡単にくたばる程脆くはないよ」
長い睫毛の向こうで薄く開いている瞳と目が合い、ジタンはほうっと息を吐く。
クジャは唇で弧の形を作りジタンの様子を見やると、眠いんだ、と言った。
消耗しているのは確かだが、クジャは力尽きるという風ではなくただ本当に眠そうだった。
ぼろぼろになった腕を取ると、肌の下でしっかりと脈打っているのが感じられる。
「悪い、クジャ」
「いいよ、別に。朝になったら起こしておくれ。僕は朝には弱いから」
言って目を閉じると、すぐにすうすうと寝息を立て始める。
急に全身の力が抜けたようにジタンは尻餅をつく。
ジタンはそのとき初めて、自分の手が震えていることに気付いた。
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