歩き続けても変化のない景色にオニオンナイトは焦りを覚えはじめていた。
確かにこっちから来たという確信があった。
なのに、途中で残してきた目印が一向に見あたらないのだ。

他のステージに比べ、いやに日当たりの良い次元城は心地よく足取り軽やかに進めるところだったが、帰れないとなると話は別だった。
さくさくと足の下で鳴る草や小鳥のさえずる声なんかはあまりにも平穏すぎて、自分だけが時の流れから切り離されて、この世界に閉じ込められた気さえする。

オニオンナイトは立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回す。
もし迷ったというのならここから動かないのが得策だ。
下手に歩き回って奥に奥にと行ってしまうよりは、その場で誰かが探しに来るのを待つのが賢明である。

だけど、本当に探しになんて来るのだろうか。
仲間想いに見えてその実薄情なところのあるあの面々が先に行ってしまわないとも限らない。
そう思うと、ますます足が竦んでしまうのだった。
寂しさにつけこむように込み上げてくる涙をぐっと堪える。
伝説のオニオンナイトともあろう者が、迷子になったくらいで泣いてどうするというのだ。

そのとき、辺りの空気に不穏なものを感じ取り、オニオンナイトは弾かれたように顔を上げた。
空間が歪み、カオスの象徴とも言える黒い甲冑が現れる。


「独りで何をしている?」

「ゴルベーザ…!」


咄嗟に剣を抜き、構える。
だがゴルベーザは腕を組んだまま少し首を傾げただけだった。


「辺りを見回していたが…道に迷ったのか?」

「み、見てたの!?」


かあっと顔が熱くなる。
迷子になったことだけでも恥ずかしいのに、よりによってそれがカオスの奴らにばれるだなんて。
オニオンナイトの心中を知ってか知らずか、ゴルベーザは組んでいた腕を解きついと指差した。
オニオンナイトが今まで向かっていた方向だ。


「秩序の陣営はあちらだが、この先に次元の歪みが生じている。このまま向かっても気付かぬうちに戻されるだけだ。抜けられはしない」


それを聞いて、ぞっとする。
今まで知らずに同じところをぐるぐると巡っていたのだ。
教えられなければ、これからもずっと。
ゴルベーザの指先はすうと流れ、別の方向に向けられる。


「秩序の陣営に向かいたいのならば、一番近いのはあの先だな」

「…カオスの言うことを信じろっていうの?」

「信じる信じまいはお前の自由だ。だが、私はたった今秩序の陣営から来たところ。確実だとだけ言っておこう」


オニオンナイトの物言いに、ゴルベーザは静かに笑った。


「あんたが秩序の陣営に?何しに行ってたのさ」

「…偵察だ」

「どうせセシルの様子を見に行ってただけでしょ」

「………」


無言。
図星のようだ。

だが、とオニオンナイトは示された方向を見やる。
ゴルベーザが差したのは、離れ島のように宙に浮いた孤島である。
空を飛ぶ術を持たないオニオンナイトにはあそこに行く方法など思いつかない。

ティナがいれば、抱き上げて連れて行ってくれただろうに。
頼りの者が傍にいないこと、気付かぬ内にこんなにも頼っていたこと、その両方にオニオンナイトは歯噛みした。

為す術もなく足元に視線を落とすと、ゴルベーザの手のひらが割って入る。


「どうした?来るがいい」

「…いいの?」

「子どもが遠慮などするものではないな」


おずおずと手を取ると、見た目とは裏腹に優しく包み込まれる。
ゴルベーザは腰を落としオニオンナイトを抱き上げると、その身を浮かせた。
ふよふよと漂うように進むのは、初めての体験だった。
空中で戦うことは多くあったが、オニオンナイトの素早さを駆使した戦闘の中で風景は目に止まることがない。
目下には広い空が広がるだけなのに、優しい腕がしっかりと支えていてくれて、不安はちっとも感じなかった。

離れ島に着くとゴルベーザはまた腰を落とし、オニオンナイトを地に降ろす。
繋がれたままの手のひらに照れくささを感じて少し身じろいだ。


「…ここで独りにして、また迷われてもかなわぬ」

「えっと…?」

「秩序の陣営が見えるところまで案内しよう」

「…あの、」

「おや?お手々繋いでお散歩かあ?」


突如後ろに現れた気配にオニオンナイトは振り返る。
ゴルベーザもゆっくりと肩口から背後を見やった。


「ジェクト!」

「…何をしにきた?」

「そこで昼寝してたら、おめぇらが仲良くしてたからよ。つーかおめえこそ何してんだ?」

「この少年を秩序の軍勢に返す」

「全く、お優しいねえ」


ニヤニヤしながら二人を見比べる視線にオニオンナイトはいたたまれなくなった。
ジェクトにからかわれるのは勘弁して欲しい。
案の定、次の矛先はこちらに向かってきた。


「口はでかくても、やっぱりガキはガキだな」

「何だって!」


咄嗟に繋がれた手を振り払おうとしたとき、ジェクトの手が目前に差し出された。
目をぱちくりさせてオニオンナイトが固まってしまうと、半ば強引に反対の手を握り込まれる。
驚くくらいに暖かな手のひらだった。


「え、と…」

「もう片っぽの手、空いてんだろが。俺様も付き合ってやる」

「…あんた、僕を口実にティーダに会いに行きたいだけじゃないの」

「…ほんと、口先だけはいっちょ前だな」


ゴルベーザが少し体を揺する。
笑っているようだった。

敵に手を引かれるなんて、と思いながら歩みを進める。
馴れ合いとも言えるような会話を交わしながら、両の手が暖かいことが何だかとても嬉しかった。

少し歩くと周囲の空気が変わり、気が付くと秩序の聖域にいた。
帰って来られたのだ。


「あ……」

「秩序の陣営はこのすぐ先だ」

「もう迷うんじゃねぇぞ、クソガキ」


片や優しく、片やからかうようにかけられた声の先を見上げる。
お礼を言わなきゃ。
なかなか出て来ない言葉にオニオンナイトは俯いてしまう。
そのとき、正面から、げっ!という仲間の声が聞こえた。


「どうしたの、ティーダ。オニオンナイトはみつかった?」

「あー、たまねぎはいた、けど余計なもんまで…」


誰が余計だ、誰が。とジェクトが返す先には、仲間が待っていた。
探していてくれたんだ、と安堵が体の内に広がる。
柔らかい髪をした騎士がこちらを見た。


「兄さん…!」

「…久し振りだな、セシルよ」


さっきこっそり覗きに来てたのによく言うよ。
オニオンナイトが盗み見ると、ゴルベーザはそんな様子を微塵も見せずに威厳を携えている。
だが当のセシルは、それどころかティーダもどこか拍子抜けした顔でぽかんと突っ立ったままだ。


「…何か親父が、親父だ」

「兄さん、お母さんみたいだよ」


少しの間を置いて、ジェクトとゴルベーザが「はあ?」と声を重ねた。

何だかお礼が言える雰囲気じゃなくなって、戸惑いながら指先に力を込める。
優しく握り返された両の手に胸の辺りがきゅうっとなって、オニオンナイトは礼どころか、何も言えなくなってしまった。







ティナはたまねぎがいなくなって不安になってたけど、たまねぎも独りになって初めてティナを頼ってたことに気付くといいなと思う。




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