昨夜遅くに落ち着いた宿はお世辞にも大きいところとは言えず、客も自分たちだけのようだった。
朝食に会した食堂にも長机一つしかなかったが、貸し切り状態なので問題はない。
木の材質でできた古めのそれはあちこちささくれ立っていたものの、出された食事が新鮮で良い味だったのでエッジは満足だった。

隣ではまだ夢の中から醒めきっていないらしいリディアがサニーエッグに添えられたレタスをつついている。
食わないならもらうぞ、とけしかけると、うるさいと睨まれた。
ローザがそれを見て朗らかに笑う。
爽やかな朝に相応しい微笑みだった。

一方、部屋の片隅には陰険極まりない男が壁に背を預けている。
食が細いらしい彼はすぐに食事を終えてしまう。
朝食などはスープだけで済ますこともあった。
朝からしっかり食べなければ調子が出ないエッジには信じられなかったが、本人がそれでいいと言うのなら無理強いすることもあるまい。

ただ、いつだかカインが食事を終えてすぐに部屋に戻ろうとしたとき、ローザが朝食はみんなで一緒にとりましょう、と言ったため席を立っても食堂からは出て行かず、いつもああして少し離れたところに控えているのだ。
協調性のないだけでなく愛想の方もさっぱりなカインは、重苦しい兜をつけていない今さえ何か考え事に耽って晴れない顔をしている。
黙っていれば、というくらいには整った顔をしているのだが、黙っていてもやっぱり陰険だ。
エッジは野いちごのジャムをたっぷり塗ったトーストにかぶりついた。

ちょうどそのとき、少し遠くから軽いとは言えない足取りがエッジの耳に届いた。
ここに居ない者と言えばセシルしかいない。
昨夜深手の傷を負っていたセシルは、宿に着いてからローザに治してもらっていた。
同室に戻ってきてからは平気な顔しをしていたが、まだ痛むのかあまり眠れていないようだった。
開いた戸口に向かってエッジはいち早く声をかける。


「よう、へひる。おほはっはな」

「ちょっと!口にものを入れたまましゃべらないでよ」


横から肘で小突かれ、大袈裟に痛がってみせるとリディアは呆れた顔で息を吐いた。
セシルはまだ殆ど覚醒していないらしく、目元を押さえている。
ぐっすり眠ってすっきり目覚めた自分が何だか申し訳なかった。


「セシル、大丈夫?」


食事の手を休めて心配そうに聞くローザに、セシルは頷くだけで返事をした。
少しぼうっとしたあと、戸口の近くに立っていたカインの傍に寄る。
セシルは少し輪から外れているカインを見付けると、いつも二言三言だけでも言葉を交わす。
ご苦労なこった。
エッジはトーストをもぐもぐ咀嚼しながらその様子を眺めた。

傍らにセシルが立ち、カインが顔を上げる。
セシルが少し首を傾けて顔を寄せると、カインは何も言わず同じようにした。
とても自然な流れで、戸口の近くの男二人は口付けを交わした。
エッジの手からぼとっとトーストが落ちた。

セシルは伸びをしながらこちらに向き直ると、固まった。
目も口も間抜けに開いたまま、今漸く目が覚めたという顔をしている。
多分エッジも間抜け面を晒しているはずだ。
見てはいないが、突然しんと静まり返ったことから、多分皆同じなのだろう。
何よりエッジが驚いたのは、セシルの向こうでカインもぽかんと口を開けていることだった。

セシルの口から、は、と笑いとも溜め息ともつかないような音が漏れた。


「ええと、その……おはようのキス、…なんて」


ははは。
今度こそ笑いの形を取っていたが、乾いた笑いでしかなかった。
エッジは横目でローザを見やる。
朝から修羅場なんてのは御免被りたかった。
しかもこんなイレギュラーすぎるパターンで。
だがエッジの懸念とは反して、ローザはふふ、と笑った。


「寝ぼけすぎよ、セシル」

「はは、うん。…そうみたい」


隣でリディアが声をあげて笑い、エッジも漸く息を吐こうとして口の中にトーストが入りっぱなしだったことに気付く。
ミルクと一緒に飲み下そうとしたときリディアが明るい声を出した。


「セシル、私もおはようのキスしたい!」

「んぐっ…!」


吹き出しそうになって慌てて飲み込んだが、結局咽せてげほげほと咳き込んだ。


「やだ、きたなーい」

「お前が変なこと言い出すからだっ!」

「変じゃないよね、セシル?」

「やめろ、この非常識女!」


頬を膨らせて、あかんべえをしてくるリディアは年齢より子どもじみていたが、負けじとエッジも舌を出す。
それを微笑ましそうに見守るローザはいつもどおりだ。
いつもどおりなのだが。


「私にもしてくれればいいのに…」


ぼそりと口の中で呟いたのをエッジの地獄耳は拾ってしまった。
それは流石に、うっかりでも人前でしていいものではないからやめて欲しいとげんなりする。
反射的にリディアの目を塞いで、そして怒られることになるのは想像に難くない。
本気じゃないとわかっていても、あんたなんかきらいっ!は結構こたえるのだ。

それにしても、世間知らずのリディアはともかくローザまであまり驚いていないようだった。
もしかしたらエッジの邦とは口付けの持つ意味合いや比重が全く異なるのかもしれない。
親しい友人間で挨拶代わりに口付けが交わされるような、そういった文化ならば仕方がないと思う。
自身がされるのは勘弁極まりないが。

そう結論づけて、机の上に落としたトーストをほろってエッジが朝食に取りかかり直すと、セシルが気まずそうに笑いながらも食卓についた。

その向こう、騒ぎの後ろでふいと食堂から出て行くカインの後ろ姿。
背中に流れる髪の隙間から覗く首筋が真っ赤に染まっているのを見て、エッジはまたトーストを落としてしまった。








バロン組→スキンシップ過剰
リディア→あたしもあたしも!
エッジ→もうやだこいつら

多数決で惨敗な常識人




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