「ねえ」

「ん」


お茶の準備をしている間に聞こえてくる、会話にも満たないやり取りにローザは首を傾げた。

給湯室から顔を覗かせて様子を見ると、二人は会議に向けて書類の作成をしているところだった。
セシルは資料の読み込みをしている最中で、カインは既に草案に取りかかっている。
セシルの方が少し遅れを取っている形になるため、カインが時折手伝っていた。

質問に答えたり相談しあっている様は二人が兵学校に通っていた頃に見掛けるものと何も変わらず、ローザは少し微笑んだ。
でもこうして少し離れて観察していると、新しいことに気付けたりもするのだ。

カインはふとペンを止めて、重ね置かれた資料をぱらぱらと捲る。
そして紐で綴じられた一束を引っ張り出したかと思うと、読むこともせず傍らに置いた。
ローザはきょとんとする。
彼は割ときちんとした人なので、使うときに出し使い終わったらしまうを徹底している。
らしくない行動に首を捻っていると、数分もしない内にセシルがカインに向かって手を差し出した。


「カイン」

「ほら」


カインがセシルに手渡したのは、先程山の中から引っ張り出しておいた資料だ。
ローザはあんぐりと口を開けた。

やだ、カイン。
いつの間にあんなことできるようになっちゃったの。

セシルが目を通し終わるのを見計らって、次に読みそうな資料をあらかじめ見繕っておいて、声を掛けられたらそれを渡す。
確かにカインは先読みがうまい節はあったが、セシルの黙読の速度なんてローザも把握していないのに。

少しちくちくと痛む胸を押さえながら、ローザは淹れ終えたお茶をトレイに乗せた。


「お茶が入ったわ。一息入れたら?」

「ありがとう、ローザ」


セシルが伸びを一つすると、隣でカインが資料を片付け始める。


「ああ、それまだ読んでるんだよ」

「後にしろ。わかるところに置いといてやるから」


急に広くなったテーブルにトレイを置き、各々の前にカップを置く。
もう何年も前に買った揃いのカップだったが、どれも欠けることなく現役のままだ。

カインが手を伸ばしたのを見てミルクを奥に押しやると、カインは少し会釈するようにして、それが礼の代わりになる。
セシルはまず香りを楽しむので、後回しでいいのだった。

カインはミルクをほんの少し、砂糖はいらない。
セシルは溢れるくらいミルクたっぷりに角砂糖一つと砕けたのをひとかけ。
ほんの少しだけ多いのが何だか贅沢な気がして、とはにかんでいた。


「…うん、いい香りだ。カイン、ぼくにも」

「そのくらい自分でやれ」

「そのくらいなんだからやってくれたっていいだろ」


今にも頬を膨らせそうなセシルにカインはやれやれと溜め息を吐くと、セシルのカップに並々とミルクを注いだ。
ミルクをトレイの上へ戻すと代わりに砂糖壷を引き寄せ、一つ入れる。
そして底をさらうようにして形の崩れた角砂糖を見つけ出すと、ひとかけセシルのカップに落とした。
セシルが満足そうに微笑むのを見て、ローザは目を丸くした。


「何だかカイン、セシルの女房役って感じね」


カインは口をつけたカップから紅茶が飛び出しそうになるのを寸でのところで抑えた。
セシルも目を丸くしている。


「女房?カインが?」

「ええ。セシルが何も言わなくても、全部わかってるみたい」

「ああ、カインは人の考えを察するのが上手だからね。戦線に出るときカインと一緒だと心強いんだよ。欲しいと思ったときに攻撃の手や回復をしてくれる」


少し熱っぽくカインへの賛辞を口にするセシルに対して照れがないわけではなかったが、それよりカインはローザが気になって仕方がなかった。
ニコニコしながら耳を傾けているが、あれは確実に妬いている。
男の自分に妬いてどうすると呆れる気持ちはあれど、カインはそんなローザも愛らしいと思ってしまう。
仕方なしに、カインは会話に加わった。


「女房役というならむしろローザの方だろう。ローザの補佐があればこそ、セシルも戦闘に専念できるというものだ」

「そ、そうかしら」


満更でもなさそうにしながらも、ローザは納得していないようだった。
もう一言くらい付け足そうかと思ったが、やはり柄じゃないとやめておく。
代わりに、カップに口をつけるとセシルに目配せをした。
お前も何か言ってやれ。


「…そうか」


セシルの呟きにローザが静かに目を輝かせる。
カインは紅茶を口に含んだ。


「贅沢だな、ぼくには奥さんが二人も居るんだ」


そして今度こそ紅茶を吹き出した。


「カイン!大丈夫?」

「どうしたんだよ、カイン」


ローザが立ち上がり、ハンカチを差し出してくれる。
口元を押さえ、咽せながらセシルを睨みつけるときょとんとした顔をした。


「…お前のせいだろう」

「どうして?」


あのなあ、と声を荒げるとセシルが急に何かに気付いたようににやけだした。
しまった、と口を噤んでも遅い。
照れ隠しに声を荒げる癖はカイン自身も自覚していた。


「何だよ、ぼくじゃ不満かい。カイン・ハーヴィ?」

「…俺はローザと恋敵になるってことか?」


ちらりとローザに視線をやると、あっという間に朱に染まる。
カインはセシルに向き直り、ニヤリと笑った。


「ローザもお前の奥さんなんだよな、セシル?」

「あ」


みるみるうちにその白すぎるくらいの頬に赤味が差して、いやちがう言葉の綾だ、いやでも嘘ってわけじゃ、ああそうじゃなくて…とローザへの弁解を、カインに向かってしだした。
カインが喉でくつくつ笑うと、珍しくセシルに睨まれた。

それが余計おかしくて、カインは声を上げて笑った。








バロン組は三人でいちゃついてればいいの




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