秩序の陣営の辺りを、ティーダは何か面白いものがないか探しながらぶらついていた。
皆が素材集めに出払っていたが、ティーダは食事当番のため留守番だった。暇なのだ。
夕刻から作り出せば十分間に合うのだから、まだ暫くは時間がある。
自分ばかり置いてけぼりを食らうのは確かに少しつまらなかったが、如何せんあの面子の中には料理ができない者が多すぎる。
フリオニールやジタンなんかは家事一通りできる方だし、バッツも大ざっぱながら味付けはうまい。が、他が酷い。
女の子だからと安心していたティナが、鍋を火にかけてと頼むと鍋に向かってファイガを放ったのだ。
スコールなんて、食べられる野草や危険な毒草を完璧に見分けられるくせに香辛料とコーヒーを間違えたりする。
よって、食事当番がティーダに多く回ってくるのも仕方がない…というよりは、半ばティーダが自分で志願したのだった。
ポカをやらかしたときのスコールの呆然とした顔を頭に浮かべて思い出し笑いをしていると、ふと視界の隅に人影が映る。
セシルだった。
俯き加減にぼんやりとしている様から、また何か悩んでいるのかもしれないとティーダは極力明るい顔で近付いた。
「なーにしてるッスか」
「…あ、ティーダ」
セシルはすぐに顔を上げたが、その声はやはり浮かないものだった。
「素材集め、うまくいってる?」
「うん、今日の目標の分は集め終わったよ」
「うわ、早いッスねー!」
「はは。運が良かったのかな」
セシルが片手に持ち上げた袋は傍目にもずしりと重そうで、中にたんまりお宝が入っているのが見て取れる。
この分なら、少し早めに食事の支度を始めた方がいいかもしれない。
けれど当のセシルはどこか浮かない顔のままだった。
ティーダはセシルの隣に腰を落ち着けた。
「…悩み事?」
「悩み事…なのかな」
「当ててやろっか。ゴルベーザのことだろ」
そんなにわかりやすいかな、と笑い、セシルもその場に座った。
「悩みすぎも良くないッスよ〜?」
「うん…でも、どうして一緒に居られないんだろう。兄さんも、多分それを望んでくれているはずなんだ」
セシルの銀の髪が風に揺れる。
きれいだな、とティーダは素直に思った。
「ぼくが兄さんを赦しても…いや、例え誰が赦しても、兄さんはきっと自分自身を赦せないんだ」
ティーダは黒鎧の魔道師を思い浮かべる。
優しそうな人だった。
優しいあまりに、自分をひどく責めてしまうのかもしれない。
それは隣にいる青年とよく似ている点だった。
「自分を受け入れるのはとても苦しい。…でも兄さんなら、きっと」
「…ゴルベーザのこと、好きなんだな」
ティーダが零すと、セシルは少し照れくさそうに笑った。
「そうだね。兄さんは自分のことよりも人を優先してしまうし。だからぼくが、兄さんを一番に考えてあげたいんだ」
「そういうもんか…」
ティーダは脳裏に自分の父親を描く。
セシルと同様、ティーダも肉親と敵対している。
けれど、とてもセシルのようには考えられそうにない。
「ティーダは?」
「え?」
「ジェクトのこと。好き?」
唇を尖らせ、視線を逸らす。
代わりにまるでそこにいるように、正面を睨みつけた。
「だいっきらいだ」
家に殆どいなかった。
いたとしてもぐうたら酒ばかり呑んで、ちょっかいばかりかけてきて。
ろくに話もしなかったし、遊んでもくれなかった。
なのに母はあの男のことだけ考えていて、いつも最優先にして。自分の命まで後回しだった。
「…だいっきらいだ、あんなやつ」
ティーダは膝を丸め、抱え込んだ。
ぎゅうと力を込めると足が痛んだが、それよりももっと別のところが痛かった。
「…でも家族、なんだろう?」
「あんなやつ!いないならずっといなければいいのに、たまに帰ってくるからメシも用意しなきゃなんないし、とか言ってたらほんとにいなくなっちゃうしさ!」
隣でセシルが息を飲んだのがわかったが、堰を切ったように感情が止まらなかった。
「たくさん泣かされたし、一回も遊びに連れてってもらったことないし!髭ジョリジョリして痛いし、飲兵衛だし、足臭いし!」
「…臭いんだ」
「すっごい臭い!モルボルより臭い!信じられるか?」
勢い余ってセシルに向き直ると、セシルは首を横に振った。
「も、すっげーの。目にしみる。なのに、臭いからあっち行けって言ったら顔に押し付けてきやがった!モルボルグレートを!あー思い出したら腹立ってきた!」
握り拳を奮わせながら、ティーダはジェクトの罵倒を続ける。
本人に自覚はないのだろうが、セシルの目には生き生きとしてとても楽しそうに見える。
堪えきれずにセシルは吹き出した。
「…れ?何かおかしかったッスか?」
「い、いや…。ティーダはジェクトのことが大好きなんだなあと思って」
ティーダは一瞬ぽかんと口を開けた。
そして徐々に眉間に皺が寄ると同時に、頬が赤くなる。
「好きじゃねーって!セシル!」
「ごめんごめん」
セシルが笑いながら、ティーダの頭にぽんと手を乗せる。
あからさまに子ども扱いされてぐうの音も出なくなり、ティーダは押し黙った。
「…セシルなんてだいっきらいだ」
「それは大好きってことでいいのかな?」
「セーシールー!!」
お腹を抱えて笑うセシルに、ティーダが行き場のなくなった握り拳を震えさせる。
日はもう傾き始めていた。
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