食事を一緒に取るのは、いつものことだ。
兵士共同の風呂場で一緒に汗を流すのも、まぁいつものこと。
しかしその後部屋で寛ぐのは個人の時間というもので、そこは一緒に過ごすものでもない。というか、何故居るんだ。
カインは、何度目かの「帰れ」を口にした。
その度に、むすっとした顔で首を横に振り、しがみついてくる。
だだっ子以外の何者でもない、がセシルはこれでも名隊赤い翼の大将である。
普段はこんな子ども染みた真似など、カインに対してもしない。
ローザに対してはどうかわからないが。
ふう、とカインは嘆息して本を閉じた。
早めに読んでしまいたい文献なのだが、セシルがこの調子ではそうもいくまい。
「女に振られたくらいで、何だ」
「…振られてない」
だんまりを決め込んでいたセシルが、表情そのままの不満そうな声で呟いた。
「そうだな、振られてない。だからぶーたれるのはやめろ」
うぅ、と呻き声を上げてセシルがカインの膝に突っ伏した。
全く、このざまを彼の所属する隊の兵たちに見せてやりたい。
誰よりも強く、誠実なセシルに心酔する者たちにはさぞかし落胆されることだろう。
「…だってさ、今日はずっと前から約束してたんだよ。なかなか予約の取れないレストランに席も取って」
「まさか…ブルー・クリスタル?」
セシルがコクリと頷く。
ここ、バロンでは知らない者はいないだろう、五つ星レストランの名にカインは盛大に溜め息を吐いた。
ということは、“ずっと前から”の約束よりも更に前から準備していたのだろう。多分数ヶ月前から。
「それは…気の毒だが、ローザはそのことを?」
セシルの首が横に振られる。
「だろうな」
「でもさ、ホテルも取ってたんだよ?インペの最上階のスイート!」
セシルが言っているのはインペリアルホテル・バロンのことだろう。
あそこも随分お高いところだった。
「それを、生理だからって…キャンセル…」
「勿体ないな」
肩をすくめてやると、セシルはまた突っ伏した。
けれど、カインは知っている。
「本当はそんなことで落ち込んでるんじゃないんだろ?」
「………」
ショックの余りかセシルには珍しく、しつこく食い下がってしまい、ローザの見事な逆ギレを食らったことを、カインは知っている。
というか、目の前で見てしまった。
おまけに平手打ちがつかなかったことが幸いというレベルのキレっぷりに、セシルは真っ青になって涙目でカインを振り返った。
そして、いじけ全開のセシルを慰めるも全く復活の兆しがなく、カインも次第に面倒になり今に至る。というわけである。
「…何で、ローザの気持ちを優先してあげられなかったんだろう」
「…まぁ、理由があって苛々しているわけじゃないからな。ローザも明日明後日には元通りだ」
「でも…彼女がそんな状態のときに、ぼくは…」
「仕方ないさ。腹も痛いし貧血になるし、意味もなく苛々して具合も悪い、となれば何をどうしたって機嫌が悪くなる」
「…随分詳しいね。カインって生理あるの?」
「阿呆が」
「いてっ」
セシルの頭をはたいて、カインは回想する。
長くローザの傍にいてカインは様々な被害にあった。
ヒステリックに怒鳴られることも、物を投げつけられることさえあった。
最初は自分の何が悪かったのか、真剣に悩んだものだ。
それも、数日後には被害者たる自分以上に落ち込んだ表情で謝罪に来るローザを見れば許さざるを得ない。
普段が優しすぎるからこそ質が悪い。
ローザのあの日はあらゆる意味での危険日なのだ。
「カイン、痛い…」
「そんなに強く叩いてないぞ」
「慰めて」
小さく呟いた唇が、首筋に落とされる。
反射的にびくりと体を竦めると、肌に触れた唇が弧を描いたのが伝わってきた。
「お前な…反省してるのか?」
「してるしてる」
するすると、あっという間に部屋着を脱がされる。
肩を押すと、セシルが見上げてくる。目が合う。
既にその奥には情欲が燃えていた。
「…何?」
「…、いや」
「続けてもいい?」
「…セシル、お前も脱げ」
そしてこの男は、状況にそぐわないほどに、柔らかく笑うのだ。
「カインと居ると、落ち着くな。いつも安全日だからね」
くす、と耳元で笑われる。
揺さぶられながら、お前はいつも危険日だ、と涙を飲み込んだ。
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