「夢をね、見るの。同じ夢を何度も何度も、繰り返し」


話し出したアリサの声は、不思議と穏やかだった。




パージに遭った時の夢よ。
崩れるコクーンから脱出するとき、友達と一緒に逃げててね。
落盤が起こったの。
友達が私の名前を呼んで、見上げたら大きな岩みたいな、あれは欠けたコクーンの内壁かな、落ちてくるところで。
私の意識はそれっきり。

でも、夢の中には別のストーリーもあるの。
逃げてると、友達の真上で落盤が起こってね。
私はネーナ!って、ああ、これがその子の名前なのね。
名前を叫んで、友達は真上を見て、ただぼーっと見てるの。
諦めちゃったのかな、もう助からないって。私にはその気持ち、すごくよくわかる。
一瞬後にはすごい音と振動と、土煙。
やっと辺りが見えるくらいになったら、友達の姿はどこにもなかった。
信じられなくて、って言うより…信じたくなくて、かな。
名前を呼んで、周りを探したけど、その内に落石の下から血がじわじわ広がってくるの。
それでもう認めるしかなくて。落石の傍で一生分ってくらい泣いたわ。

なのに、泣いてる私の声と友達の声が途中ですり替わっていくの。
私は気が付いたら、遠くから落石を眺めてる。
岩に縋り付いて泣いてるあの子をただぼんやり見てるの。
血がどんどんあの子の膝を汚してくのを見て、私は自分が一体何を考えてるのかも、わからないでいる。
あの子の泣き声が、私の恐怖だけを駆り立ててく。

どっちも、あの事故のときの記憶。
どっちが本当なのかわからないけど、どっちも覚えてるの。
おかしいでしょ?
私は生きてるのに、死んだときのことを鮮明に覚えてる。




「だから、私は多分死んでるのよね。あのときに」


言い終えて、アリサは微笑んだ。


「もうわかるでしょ?そこにある筈のない、時代の捻れから生まれるもの。たくさん見てきたものね」

「あなたが…パラドクスだって言うの?」

「ええ、そうよ。あなたたちが解消するまでもない、他のパラドクスが解けたときに一緒に消えてしまうような、小さなパラドクス。それが私」


膝に置いた自分の手が震え出すのを、セラは感じていた。
たくさんのモンスターを倒してきた。
目的のために、自分のために。
それと同じように、知らないまでも、目の前の少女を消そうとしていたのだ。

アリサはそれを一瞥して、吐息だけで笑う。


「怖くて、怖くて。いつ自分が消えるのかって気が気じゃなかった。そんな時ね、夢に知らない男の人が出て来たの。パラドクスを起こしてるって言ってたわ」

「…カイアスが?」

「さあ。名前は知らないわ。ただ、あなたたちのことを言ってた。時代を正す者たちが私を消すって。正しい行いの結果がもたらすものが最善でない人々はどう抗えばいいのか、って」


息を吸おうとして、喉が錆び付いたようにひゅっと音を立てる。
私は。
言葉が出ない。まだ手が震えている。


「…間違ってるって思ったわ。全ての人に自分の望む結末が起こるなんて有り得ない。でも、私は、間違った存在だったから」


辛そうに、噛み締めるように言った声がセラの肩を震わせた。
アリサは決してセラを責めてはいない。

歪んで行く視界をぎゅっと塞ぐと、ぽたぽたと水滴が膝に落ちた。


「ごめんなさい、アリサ、私が、あなたを」

「…謝らないでよ。間違ってるのは全部私なの。自分のために他の全てを犠牲にしようとした。あなたたちは正しいことをしただけ」

「でも、私は…!」


顔を上げると、水滴が頬を伝って落ちる。
アリサは、穏やかに笑んでいた。


「あなたが泣いたら、私の立場ないじゃない。悪者やるのって結構しんどいのよ」

「ご、ごめん」


慌てて頬を拭うと、また謝るんだから、とアリサが柔らかく不服を述べる。
そして椅子の上で軽く伸びをすると、姿勢を崩して背もたれの方へと傾いだ。

コンクリートの壁へと顔をやりながら、ねえ、とセラを見ずに言う。


「ホープさんにはこのこと言わないでね」

「…どうして。きっとホープ君、知りたがってるよ。あなたのことすごく気にしてた」

「だからよ。あの人のことだから、私が消えずに済む方法を考えようとするでしょ?あの人に正しくないこと、させたくないのよ」

「でも…!そんなの、辛すぎるよ…」


涙を拭ったばかりの頬がまた濡れる。
アリサは少し笑うと、天を仰いだ。
仰いだ先にはコンクリートの壁だけ。


「大丈夫。今は結構清々しい気分なの。歴史が正されたら、私は間違わなくて済む。こんなこと、しなくて良くなるから…」


そしたら、と言う喉が震えた。


「セラさん、あなたのこと、友達だと思ってもいいかなあ…?」


泣きじゃくるセラの声が、耳障りとは感じなかった。
素直にアリサの中に浸透してくる温かさに、そっと目を閉じる。
目の横を流れていく水滴も温かかった。


今もう一度あの夢を見れたら。
今度は落石に縋って泣くあの声を、温かいと思えるだろうか。
私を悼む泣き声を。







アリサは正しいことは出来なかったけど、生きるか死ぬかのところでそんなこと言ってらんないよなーと。
うちは裏切ラーには寛容です。




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