パンデモニウムの奥で、皇帝は風の音を聞いていた。
パラメキア城のあった場所に出現した地獄の城は、その位置するところが故にパラメキア城と環境が余り変わらなかった。
室温はぐっと下がったが。

変わらないものの一つとして、窓から入り込んでくる黄砂。
パラメキアは、古来砂漠の民と呼ばれていた。
世界最大の砂漠に居住を構え、先祖が国を築いたのも砂漠の傍らだった。
歴史を重ねる間に城は高い山脈の上に移築され、他国からの侵略に備えると共に、砂漠の民にとって長年の問題であった高気温への対策ともなった。
皇帝自身、気温に悩まされたり熱日に肌を焼かれたりしたことはなかった。
だが、風が舞うと共に入り込む砂漠の砂だけは、如何ともしがたい。

地獄の城に於いては、小間使いなどいるはずもない。
掃除の仕方など皇帝は知らなかった。

溜め息を一つ吐いて、悩むのをやめる。
考えても詮無いことなのだ。
肘掛けに腕を乗せると、ひやりと刺すような冷気が凍みる。

この玉座に君臨していたときは、既に体はこの世のものではなく、冷たさも暖かさも感じなかった。
人の身には、パンデモニウムの玉座は冷たすぎる。そのくせ、今にも底から灼熱の溶岩が噴火してくるように轟いている。
それでもなお、この玉座の座り心地は気分のいいものだった。


「皇帝?」


不意に名を呼ばれ顔を上げる。
広い王間の入り口から白いローブが顔を覗かせている。


「来たか」


立ち上がることもせずに、にやりと笑う。
此度の対戦はこの魔導師の青年が相手だった。
青年は皇帝を見やる。
冷めた、刺すような視線。それでいて灼熱の憎悪にたぎる瞳はパンデモニウムの空気と似ている。嫌いではなかった。


「あのね」


青年は溜め息と共に皇帝に言う。
その視線は常とは違う、呆れが大半を占めていた。


「掃除くらい、しなさい。ここへ来るまで何処も彼処も砂だらけだ」


まるでばあやのような言い分に拍子抜けする。
戦う相手に言うことでも無ければ、いい歳をした男に言うことでもなかろう。


「…貴様に関係あるか?」

「ないけれどね」


また溜め息を一つ吐く。


「人を招くのであれば少しは気にしなさい。それにどうせ、取り返しがつかないほどに汚れてから途方に暮れるのが目に見えている」

「……」


予想以上の口やかましさに閉口する。
言いながら、こちらへつかつかと歩みを進める青年に対して、何か行動を起こすこともできなかった。


「ほら」

「!!」


自然な動きで伸ばされた手が、皇帝の項を撫でる。
この青年のボディタッチは唐突で、そしてやわらかいところにも触れてくる。
多分に漏れない反応であろう、皇帝も身動きとれず固まってしまった。


「やはり、髪にも砂が入り込んでいるよ」


髪を梳きながら項をゆっくりと撫で上げられる。
手を払おうにも、背筋をぞくぞくと走るものが邪魔して動けなかった。


「ぬ、抜け…!」

「うん?」

「指を…!私に触れるな!」


素直にするりと抜けていく指に、安堵の息を漏らす。
それを見て、青年がくすりと笑いを零す。


「何が可笑しい」

「いや、敏感な人だったんだと思って」


すまないね、と悪びれもせずに微笑まれ、皇帝は忌々しげに顔を歪める。
この青年と合見えると、いつもこちらが言葉を失ってしまう。
早く終わらせようと、席を立つなり青年の喉元に杖を突き出した。


「後で、砂を流し落としやすい洗髪の仕方を教えて差し上げよう」

「貴様にそんな余力があればの話だがな」


顎を少し上げ、ふんと吐き捨ててみせると、覆いの下で青年が笑ったのがわかる。


「あなたが気を失っている間に、私が洗わせていただくのでもいいかな」

「減らず口を」







砂の扱いに定評のあるミンウ。


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