うんやっぱり、と間近で聞こえた声にクラウドは目線だけ上げることで相手を視界に捉えた。
目が合うと、間髪置かずにんまりと笑みが向けられた。


腰を落ち着けて、綻びが目立ち始めた愛刀を研ぐクラウドの目の前に座るのはジタンだ。
何が面白いのか、先程からクラウドの手元に見入っていた。

時間が有り余っているわけでもないのに、こうして他人に構っていられるなど随分余裕もあるものだ。
決して蔑んでいるわけではない。
寧ろ、感心している。
決戦が明日になるとも知れない現状で、クラウドは手が空けば闘いに向けて備えでもしていなければやり切れない。
焦っても始まらないと構えていられる肝の据わったところにクラウドには尊敬の念すら覚える。


「…どうした?」


目線だけでは繋がらなかったやり取りに漸くクラウドが声を掛ける。
ジタンは胡座をかいた膝に両手のひらを乗せると、思ってたんだけど、と軽く前置きをした。


「クラウドの女装姿見て、ずっと気になってたんだけど」

「またその話か。嫌がらせか?」


眉を限界までぐっと寄せたクラウドに、ジタンが慌てて首を振る。
態度が悪すぎるかと自分でも思うが、何せこの話題で揶揄われるのは片手で足りる数ではない。
いい加減辟易している。


「そうじゃなくてさ、クラウドあのときメイクもしてただろ」

「していたら悪いのか。すっぴんで女装なんてそれこそ目も当てられないだろう」

「あーもう、やさぐれんなって」


肩をぽんぽんと叩く手を体を捻って避けると、ジタンは口をひん曲げた。


「…そういうんじゃなくて、舞台映えする顔立ちだなって思ってたんだよ」

「…舞台?」


尖った空気を作るのをやめると、ジタンは身を乗り出してクラウドに笑い掛けた。


「そう!今じっくり観察して確信した。クラウドは舞台に立つべき人間だ!」

「…さっきから、武器じゃなくて俺の顔を見ていたのか」

「堅いこと言うなよ、減るもんじゃなし」

「それで?」


クラウドの問い掛けに、ジタンはん?と首を傾げた。


「俺を舞台に上げて、あんたはプロデューサーにでもなるのか?」

「オレも舞台に立つさ。劇団員だからな」

「劇だ…あんたが?」


何度かまばたきすると、ジタンは口の端を吊り上げる。


「意外か?」

「ああ。てっきり盗賊団か何かだと思っていた」


言うなあ、とジタンは肩を落とす。


「まあ、あながち間違っちゃいないんだけどさ。劇団兼盗賊団だったから」

「…何だ」

「馬鹿にすんなよー。劇の方も城にお呼ばれするくらい本格的なんだからな」


クラウドは緩く首を振る。
馬鹿になんかしていない。
沢山のものを持つジタンが羨ましいと思う。

だからさ、とジタンはクラウドに向かって腕を広げた。


「一緒に舞台に立ちたいんだ。アクションもお手の物だろ?」

「俺に演劇なんて出来る筈ない」

「決め付けんのはよくないぜ。今までやったことは?」


皆無だ、と答えようとして、ふと脳裏にちらついた記憶を追う。
色鮮やかな装飾の室内で、騒がしく鳴り立てる音の中で、誰かと並んで歩いた記憶。

いちどだけ、と言葉が口を突いた。


「経験者か!頼もしいな」

「そんな大層ものじゃない。やることになったのもたまたまで、筋書きもあってないようなものだった」

「決められたシナリオを演じるより、そっちの方が難しいもんだけどなぁ」


足裏を合わせて前後に体を揺らすジタンにクラウドは眉を少し下げて頷いた。


「どうしたらいいかわからなくて、アドリブで」

「おお!」

「姫のスリーサイズを聞いたら、怒られた」

「……」


ジタンは体をぴたりと止めて腕を組むと、気持ちはわか…いや、うーん…と唸り込んだ。


「…脚本は向いてないかもなあ」

「だろう」

「でもまあ、シナリオ作りの才能がからっきしでも良い役者なんてのはごまんと」


言葉の途中で、クラウドは首を振った。


「俺はもう、自分じゃない誰かを演じるのは…嫌なんだ」


自分が自分じゃなくなりそうで。
せっかく捕まえた自分すら、偽物に感じてしまいそうな気がして。

舞台に立ったのは本当に自分だった?
隣で微笑っていたのは、誰だった?

見詰められるのが不意に怖くなって、クラウドは瞳を伏せた。
ジタンの目に映る自分は、『クラウド』になれているだろうか。

うーん、とジタンが再度唸り声を出して、クラウドははっと顔を上げた。


「悪い、せっかくの誘いを」

「いや、じゃあどんな劇だったらいけそうかな、と思って」


しっかり断ったつもりだったのだが、何故か続く話題にクラウドは口をぽかんと開いた。
すぐに、ああ!とジタンが顔を上げて指を鳴らす。


「じゃあ、こういうのはどうだ?クラウドはクラウドのまま、思ったことを思うままに行動する。それにオレが合わせてアドリブでシナリオを変えていくんだ」


面白そうじゃないか?
先程と何ら変わらない笑顔を見せるジタンに、クラウドは長く息を吐いた。


「…随分強引だな」

「だって、せっかく見付けた金の卵だ。逃す手はないだろ?」


へっへっへ、とあくどい笑いをしてみせてから、ジタンはふうと肩の力を抜く。


「…やってみたいんだ。クラウドと一緒に、何かを」

「…また、姫のスリーサイズを聞くかもしれないぞ」

「そうなったら喜劇に切り替えるさ」

「…全く」


クラウドが肩をすくめると、ジタンはクラウドの鼻先に指を突き付けた。


「言っとくけどな、本職の人間をなめてかかると痛い目をみるぜ」

「どういう目なのか、参考までに聞かせてもらおうか」

「うまーくシナリオに誘導して、大笑いのシーンでその仏頂面から爆笑を引き出してやる」


覚悟しろよ、と額をつつかれ、クラウドはまばたきを繰り返してから目を細めた。


「…それは困ったな」


ゆっくりと弧を描いた口元を見て、ジタンは満足げに頭の後ろで手を組んだ。








言わなければ聞かないという優しさをジタンが持ってることを、クラウドがちゃんとわかってるといい。
原作クラウドもディシディアと同じく表情筋乏しそうだけど、真顔で奇行に走るからかなりシュール。
何かしら突っ込まれたときに頭掻くの超可愛いと思う。




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