突如空から降ってきた魔法弾を回避出来たのは、奇跡と言ってもいいだろう。
殺意が全く感じられなかったからだ。

魔法の光が空気を裂く、物理的に存在するものよりずっと小さな音に振り返った。
刹那、身を襲う攻撃を視覚で捉えたと同時に身を捻る。
咄嗟に両腕を挙げ、避け損ねた魔法弾を剣の腹で受け止める。

びりびりと支える腕ごと剣を揺らし、魔法弾はぱんと破裂音を残してあっけなく消え失せた。
やはり、殺す気がないのだ。
本気で放ったのなら剣などではとても受けられる筈がない。


セシルは剣を構え、先程視界の片隅に捉えた人物をしかと見上げた。


「おや。結構やるね、君も」


呑気な声を上げながら、ふわりと地に降りてくる。
踵が地を踏みしめるときにも殆ど音がしない。
体を浮かせるだけの魔の力はセシルには到底及ばない域のものだ。
剛の力で対抗するのは分が悪い。
気を抜けば殺意の有無に関わらず深手を負わされるだろう。

だが、セシルはついと構えを解いた。


「どういうつもりだ」


問い掛けに、クジャの眉がぴくと上がる。
そこに感情の起伏は読み取れなかった。


「闘うつもりなら、相手になる。ここで倒れるわけにはいかない。でも」


先程受けた攻撃は奇襲というよりは、ただ意識を引こうとする意図が含まれていたような気がしてならない。
セシルは僅かに首を傾げる。


「ぼくに、何か用があるのかい?」


クジャはぱっと眉を開くと、次いで面白くなさそうにぐっと口を曲げた。


「さっきの一撃で、よくもまあそこまで深読みが出来るものだね。恐れ入るよ」


まあいい、とクジャは肩にかかる髪を払ってセシルを見据えた。
その視線には、揶揄を色濃く含んだ敵意が感じられる。


「お察しの通り、君に訊きたいことがあってね。君の大切な兄君のことについて」

「兄さんの?」

「気になるかい?麗しき兄弟愛だねえ!」


大仰に腕を広げてみせて、クジャは笑う。
嘲笑われているのだということは否が応でもわかる。

セシルが眉を寄せたのを見て、クジャはさも可笑しそうに口元に指先を添えた。


「大好きな大好きな兄君が、赤ん坊の君を捨てたと知っていてもまだ慕う気になれるのかい?」

「…何を、」


言葉が詰まる。
その様子にクジャは更に肩を震わせた。


「ちょっと小耳に挟んだものだからね。仲睦まじき兄弟愛に憎悪のエッセンスを加えてあげようと思ったのさ」


素敵なアレンジだろう?
そう言ってにっこりと笑むクジャを見据えながら、セシルは自分の手が震え出しているのがわかった。

思い出したくない。出来れば知らない振りをしていたい。
けれど。

拳をぐ、と握って震えを追い出す。


「知っているよ。でも、それは兄さんの所為なんかじゃない。憎んだりは出来ない」


クジャの体がぴたりと止まる。
ゆっくりと時間を掛けながら顔を上げるとへえ、と呼気をたっぷり含んで笑った。


「君はそうでも、向こうは君のことが憎かったんだろう。今はどうだか知らないけれどね、少なくともその時は」

「違う!」

「違うものか!」


激昂に更なる怒気が返る。


「憎くなきゃ捨てたりするもんか!独りじゃとても生き抜けないような子どもを!死ねばいいと思っていたんだよ、君は要らない人間だったんだ!」


クジャは声を荒げて叫び終えると、そのまま俯いた。
握った手がぶるぶると震えている。

セシルは湧き上がった怒りが瞬時に冷めるのを感じた。
何故クジャがここまで、怒っている?


「…例えそうだとしても」


言って、セシルは息を吸う。
自分でも驚く程穏やかな声をしていると思った。


「今は、違う。兄さんがぼくを想ってくれるなら、今ぼくを必要としてくれるなら。やっぱり憎んだりは出来ない」


少しの間息を飲んで、クジャは指をするっと開く。
どうして。
そう言って上げた顔は、仮面が外れたように弱々しい瞳をしている。


「後悔なんかしても、取り返しがつかないんだよ。過ぎたことをどうこうしようだなんて、愚かだ」

「愚かでもいい。たった一人の兄さんを憎むより、ずっと」

「…わからない」


クジャは開いた手のひらで顔を覆った。
どうして赦せる。わからない。どうして。どうして。
覆いの下で小さく呟き続ける。


「…どうして君たちは、赦せる…」


自分以外の誰かをも指す言葉に、セシルはふと眉を寄せた。
もしかしたらクジャは最初からセシルの話をしたかったわけではなく、もしかしたら。


「…ジタンのことを?」


クジャはびくりと顔を上げる。
目は渇ききっているのに、泣きそうだ、とセシルは思う。


「…君には関係ないだろう」


関係ないのに、君とあの子は全然違うのに。
言って、クジャは両手で頭を抱える。


途切れそうなくらい弱い声を耳に、セシルは言葉を探すことすら出来なかった。

見た目も、言動も仕草も、何一つ似ていないというのに。
兄の面影が目の前の弱々しい姿に重なるような気がして、開いたままの指先に、ただ冷えた痺れを感じていた。








クジャの芝居かかった口調がどんどん剥がれていくところが書きたかった。
クジャは幾重にも被った仮面というよりは、分厚い鉄仮面を貼り付けている印象。




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