夕暮れに染まった空を見上げ、少年は年の頃に似つかわしくない郷愁のような感情を覚えた。

今日の空は何だかいつもよりも紅い。
日中によく陽が照っていたためだろうか。

気温が下がるに連れ、汗ばんで火照った肌が少しずつ冷えていく。
それが心地好くて、少年は瞼を落として鼻から深く息を吸い込んだ。


広場から段々と人が居なくなっていく気配を感じながら、それを少しだけ寂しく思う。
以前は陽が落ちてからもまだ名残惜しく語り合う男女や酒場になだれ込む労働者や、夜のツェンは賑やかなものだった。
少年もまだ家に帰りたくないとよく駄々をこねた。

それが今は、空が茜に染まり出すと誰もがそそくさと帰路に着く。
件の酒場も、経営が芳しくないと苦笑しながらも早くに看板をしまっている。


理由は大人に訊くまでもなかった。
皆、茜に染まった空が恐いのだ。

夕暮れの空の色は、あのときの空に似ている。
家を失い、大切な人を失い、それでも村中で協力してここまで復興を遂げた。
亡きドマ国の生き残りの者や機械の国フィガロの王や飛空艇乗り、果ては泥棒までもが世界の復興に支援をしていることもあり、みるみるうちに皆に笑顔が戻った。

あのとき…世界が崩壊したときの空に似た色を見ると、やっと取り戻した安寧の日々すら奪われそうな気がするのだろう。
少年の母も、夕暮れ時に外出はしなくなっていた。
窓から差し込む西日に怯えるように背を向けているのも知っている。


だから、誰にも言ったことはない。
少年が夕暮れの空を割合好んでいることを。

言えばきっと奇異の目を向けられる。
不謹慎だと叱られるかもしれない。
分別のつく程度には、少年は成長していた。


独り胸にしまい込んだ想いは記憶を呼び覚まし、少年の心に息苦しいような落ち着くような、不思議な懐かしさをもたらす。

あの日、崩れ落ちる寸前の家の中で死を垣間見たとき。
傷だらけの細い腕に救われて、生まれて初めて生きているということを実感したとき。
家を支えるなんて無茶なことをやってのけた力強い背中がそこにあった。
その向こうに少年は灼けた空を見た。
あの空に希望を見た。


少年はうっすらと目を開く。
あの日の空とは違う、日暮れの色。
けれど、明日に向かう色だった。

少年は息を深く吸い込む。
夕飯時の食卓の匂いに混ざって、生き返った緑の香り。
ツェンの匂いだ。

少年は母が食事の支度をしているだろう、町の北に位置する自分の家へ駆けて行った。






世界崩壊後って空が常に火事のような色をしてるイメージ。




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