ティーカップを鼻の先まで持ち上げて揺らす。
ハチミツと砂糖の甘ったるさが鼻腔を擽る。
紅茶の表面にたっぷりと浮いた脂が食欲をそそる。
やはり、お茶にはラードがないといけない。

一口頂こうと口をすぼめたとき、背後でプシュウ、と自動の扉が開く音がした。


「パルマー。少しいいかね」


カップをソーサーに置いて振り返ると、旧知の人物が扉をくぐり抜けるところだった。
共に過ごした幾年は、それこそ何十年にもなる。
いつの間にやら、その立ち姿から威厳を醸し出すようになっていた。


「うひょ!丁度いいところにきた!お茶も入ったばかりだ、プレジデント!」

「いや、わしは結構」

「え〜、今日のお茶請けは最高なのに。産地直送、新鮮な豚足!」

「パルマー。宇宙開発部門のことだがね」


それを聞くなり、パルマーは嬉々として立ち上がった。
にこにこと表情を弛ませて数歩プレジデントの方へ歩み寄る。


「あ!そうそう、次のロケット打ち上げはいつにする?早くしないと部品が錆びてしまうからね」

「いいや、今後宇宙開発部門の予算は縮小することになった」


プレジデントはその場から一歩も動かず言い放つ。
パルマーはぽかんと口を開けた後、ごにょごにょと何か呟くと、どかりと椅子に座り直した。


「しょーがないよねぇ、シドちゃんてばロケット発射のときになっていきなり緊急停止なんてするからな。燃料も全部パアだし。宇宙に行かせてやるって言ったのに、あの恩知らず…」


俯いてぶつぶつ呟いていたものの、パルマーはすぐにぱっと顔を上げた。


「でも、もっといいパイロットは探せば見付かるよね?研究自体は間違ってないんだし、急がば回れだ、時間をかけてゆっくりと…」

「いいや。宇宙開発事業は無期限停止となる。再開の目処は現時点では立っていない」


パルマーは目を見開いて、口をぱくぱくと開閉させる。
暫くして、どうして、とだけ呟いた。


「何故…理由を問うなら、利益にならない。それだけだな。企業として当然のことだと思うがね」

「新たな発見があるかもしれないだろう、もしかしたら魔晄に代わるものすんごいエネルギーがあるかも!」

「『もしかしたら』…『かも』。それで会社が動くと本気で思っているなら、パルマー。もう少し考えてみるといい。これから時間はたっぷりある」


パルマーは膝の余り余った肉をぎゅうと掴む。
腸詰めのような指先が震えた。


「…それで、ロケットは。撤去するのか」

「それにも予算がかかる。あのまま放っておいても支障はあるまい」


パルマーは何も言わず黙ったままでいた。
何とか言い込めようにも、脂肪でぎゅうぎゅうの体の中を思考は通れないようで一言も浮かんでこない。

プレジデントは懐から葉巻を取り出すと、火を付ける。
燻った煙の香りが空気に溶ける。


「安心しろ。部門を廃止するつもりはない。研究員も工員も、今まで神羅に尽力してくれた者たちだ。優秀な人材は別の部門に配置させる。研究自体も続けてくれて構わない」


葉巻を燻らせ、プレジデントは煙を吐き出した。


「お前は何もしなくていい。今までと何も変わらない」

「…同じじゃないだろう」

「そうだったか?」


プレジデントは葉巻をすいと下ろした。
パルマーの方へ一歩また一歩と歩み寄る。
パルマーは椅子の上で身を引いた。


「お前は理想を並べ立てるだけで、何一つしていない。夢を見るのもいい加減にして現実に気付いたらどうだ」

「でも…宇宙に行くって、わしの夢を…プレジデントが叶えてくれると言った。確かに言った!」


プレジデントは机の上の灰皿に葉巻を押し付けた。
じゅうという僅かな音は、パルマーの心を焼く音だと頭の中で誰かが言う。


「…ここまで金を出した。お前の夢に付き合って、な。これ以上は無駄だ。夢で腹は膨れない。お前の腹についた肉は夢の成果ではない。わしの金だ」


細く上がった煙の糸がぷつりと切れると、プレジデントは腕を下げた。


「話はそれだけだ」


革靴が床を鳴らす音が遠ざかり、またプシュウ、と音を立てて扉が開く。
パルマーは背中を向けたままプレジデント、と呼び掛けた。


「…何かね」

「わしは、空を見上げるのが好きだった。夜空に浮かぶ星の向こうに何があるのか、それを思うだけで楽しかったんだ」

「知っている。…だが、無益だ」


静かに扉が閉まる音と共に部屋に静寂が戻った。

パルマーは椅子に深く腰掛け、目を閉じる。
瞼の裏に映るのは、満天の星空。
故郷の土の匂い。
隣で笑っている旧友。
並んで語った夢の話。


あのとき、確かに満たされていた。
いつの間にこんなに空っぽになってしまったのだろう。


パルマーは幾分冷めたカップを手に取り、紅茶を口に含む。
甘ったるい香りと舌に絡む脂。
喉を滑るその味は、空虚な心を満たしてくれるのだった。








神羅重役の中でパルマーが飛び抜けて無能なので、プレジデントと同郷で、会社興しの構想時から一緒だったんじゃないかと思った。




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