いやにイミテーションが多い。
ウォーリア・オブ・ライトは辺りの気配を探りながら慎重に歩みを進めていた。

時間は余り残されていない。
イミテーションの数が増えているのも、この世界の均衡が崩れているためかもしれない。
急がなければ。


自身の探し求めるクリスタルはここにもないようだった。
クリスタルワールドを闊歩しながら、ウォーリア・オブ・ライトは辺りを見回した。
暖色で視界が埋め尽くされている筈なのに、限りなく冷えきっている。
そんな印象を受けた。

このマップの中心に輝くクリスタルを歯痒い心持ちで見上げる。
クリスタルはすぐ手の届く場所にあるのに、自分の手には入らない。
焦燥感だけが募る。

いや、とウォーリア・オブ・ライトは首を振る。
焦りは何も生まない。
自身に出来るのは、ただ前に進むことだけだ。


視線を元に戻して、天に浮かぶクリスタルの下に人影があることに気付く。
イミテーションか。
携えた剣の柄を握るも、違和感に力を緩める。
先のウォーリア・オブ・ライトと同じようにクリスタルを見上げている後ろ姿には見覚えがあった。


「君は…」


呼び掛けに振り返った人物は少し驚いたように目を見開いた後、軽く首を傾けた。
ウォーリア・オブ・ライトは言葉を続ける。


「君は、確かフリオニールの」

「ああ。君も、フリオニールの仲間だったね」


言って、少し目を細める。

間違いではなかったようだ。
顔の殆どを布で覆ってはいるが、その目元だけで敵意はないと察することが出来る。
優しい目だった。


「ここで一体、君は…。……」

「ミンウだ」

「ミンウ。こんなところで一体何をしている」


ミンウは僅かに眉を寄せ、小さくううん、と唸った。

訊かぬ方が良かったかと考えが頭を掠めたが、ウォーリア・オブ・ライトの懸念も致し方ない。
秩序と混沌に選ばれた戦士たち以外の者はこの世界に存在することを許されていないのだ。
しかし、世界の各地に設置された召喚盤に特定の秘文を入力すると、それぞれの戦士たちに縁のある人物を呼び出すことが出来る。
フリオニールにとってその人物こそが、今対面しているミンウだった。

ミンウは少しの間顎を指で支えて考え込んでいるようだったが、まあいい、とぱっと眉を開いた。


「迷ってしまったんだ。情けないことだけれど」

「迷った?」


今度はウォーリア・オブ・ライトが眉を寄せる。
召喚盤で誰かを喚び出すには、当然対戦する相手が必要だ。
喚び出す者がそこに居るのだから、迷うも何もない気がするのだが。

ウォーリア・オブ・ライトの眉間に刻まれた深い皺を見て、ミンウは困ったように笑う。


「わかっているだろうけど、またフリオニールに喚ばれてね。少しばかり話をしていたんだが、仲間からの救助要請で先に戻って行ったんだ」


残されたミンウは独り思う。
この世界では自信が闘うことは許されず、戦士たちの寄り代のいずれかを操ることとなる。
その自分がこの地で出来るのはどこまでなのか。


「それで、少し足を伸ばしてみたら帰り道がわからなくなってしまってね」


微笑みを絶やさないミンウにウォーリア・オブ・ライトは苦笑で返す。
何とも間の抜けた話だ。


「何処の召喚盤で喚び出された?」

「何と言ったか…ああそう、秩序の聖域だ」

「…随分遠くまで来たものだな」


驚きが声音に漏れると、ミンウは遠征には慣れているんだ、と肩を軽くすくめた。
下手に健強な足腰を持ったがためにこんなところまで来てしまったと言うのなら、放っておけば今度は何処へ行ってしまうかもわからない。


「ならば送ろう」


言って踵を返すも、背後で動く気配が感じられない。
これも余計なことだったかと内心で呟く。
本意を確かめるべきか。


「いいのか」


ウォーリア・オブ・ライトが振り返り発した言葉に同じ音が被さる。
互いに目を丸くした後、ふふっ、とミンウが笑った。


「助かるよ。このままだと永遠に迷い続けるかも知れない。もし君が迷惑でなければ、の話だが」

「私も今丁度そこへ戻るところだった」


今一度足を進めると、今度は足音が隣に並ぶ。

横目で白いローブに身を包んだ魔道士の立ち姿を見やり、ふと気付く。
相当の距離を移動してきた割には傷一つ負っていない。


「イミテーションには遭遇しなかったのか?」

「イミテーション…あの妙な手合いたちだね。何度か見掛けた」

「あれらは敵味方の認識がひどく曖昧だ。戦闘に巻き込まれたりはしなかったのか」

「それも、何度かは」


ミンウはあっさりと言ってのけた。


「白魔法は使えるようだったから、テレポで事なきを得たよ。魔法防御は高くないようだ」


ウォーリア・オブ・ライトはそうか、と頷くのみに留めた。
魔法のことはよくわからないが、専門の者が言うのならそうなのだろう。


「見たところ、君は魔導の使い手ではなさそうだ。怪我をしていたら言いなさい」

「気遣い傷み入る」


一言だけ返すと、それで会話が終わってしまう。
無言が苦になるわけではないが、少し勿体ない気がした。
他の世界から来た者の見解や、それこそ世間話でもいい、話を聞いてみたい。
そう思わないでもない。

フリオニールは、とぽつりとミンウが呟いた。


「フリオニールがどうかしたのか」

「いいや。うまくやっているかと思ったのだ。彼はおしゃべりだろう、君たちの邪魔でもしていないかどうにも気になってね」

「おしゃべり?」


オウム返しに聞き返して、件の青年を思い浮かべる。
寡黙とは言わないが、多弁な印象を受けたこともない。
それだけでなく、年若い面々の中で頼りになる者だ。


「フリオニールはよく出来た青年だ。人の意を汲むのにも長けていて、邪魔どころか助けられている」


思ったままを述べると、ミンウは目を丸くしてほう、と息を吐いた。


「少し見ない内に成長していたんだな、彼は」

「子どもはそういうものだ」

「ふふっ。まるで保護者のような物言いだね。君も、私も」


違いない、と肩をすくめて言葉を繋ぐ。


「あの年頃の者を見ていると、親にでもなった気分だ」


同意を促すつもりで視線を交えるとミンウはにっこりと笑う。
そしてそのまま身を屈めるとウォーリア・オブ・ライトのマントの裏、脇腹の辺りへ手のひらを翳した。


「…何を」

「言っただろう?怪我をしていたら言いなさい、と」


ミンウは上目で悪戯っぽくウォーリア・オブ・ライトを見やり、またふふっ、と笑った。


「私から見れば君もまだ子どもだよ」


胸の辺りから聞こえる含み笑いに僅かに顔をしかめる。
腹部を漂う癒やしの力が張った気を緩めるのとは正反対にどこか居心地が悪くなって、ウォーリア・オブ・ライトは天を仰いで息を吐いた。








ミンウには誰も勝てない。
「ふふっ」最強。




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