ぴん、と張り詰めた緊張感の中ジェクトは拳を握る。
僅かな風に揺れる長い髪を見ながらも、こうして対峙していることが不思議だった。

この世界に手合わせをする相手というのはそう多くない。
秩序と混沌の戦士の姿を模したイミテーションはそこらで見掛けるが、敵味方の判別もつかなければ戦闘スタイルもパターン化している。
そうなると必然的に味方と拳を交えることとなるが、声を掛けて応じるものがこれまた殆どいない。
特にセフィロスはその最たる者で、手合わせ以前に姿を見掛けること自体が稀だった。


「どういう風の吹き回しだ?おめぇが相手してくれるなんてよ」

「訊きたいことがある。私が勝ったら答えて貰おう」


そう言って柄に手を掛けるのを、きょとんと見つめる。


「あんだぁ?今話しゃいいじゃねぇか」

「手合わせを望んでいるのだろう。質問の対価だ。何か不満か」

「不満っつぅかよ、負けたらどうするつもりだよ」

「有り得ないな」


ぴくりと自身の片頬が攣るのがわかった。


「言ってくれるねぇ」


半歩引いて体を落とすと、セフィロスは音もなく剥き身の刀を抜いた。

後ろ足を蹴って瞬時に距離を詰める。
セフィロスは身動き一つしない、と思った瞬間、刀の軌道だけがジェクトの鼻先をひゅんと掠めた。
疾い。
長刃の間合いは目に見えるよりより広く、ジェクトのそれの裕に倍はあるかと思えた。
簡単には懐に入れさせないということか。
ならば、と切っ先を避けるために反らした背をそのまま後ろへ傾ける。
勢いをそのままに足を宙に預けると体を捻り、開いた脇腹に蹴り込んだ。

ぐっ、と篭もった声が聞こえたのも僅か、すぐさまジェクトの腹に衝撃が返る。
背が地に擦れて蹴り飛ばされたのだとわかる。
間合いを取るのが目的だったらしく、靴裏で強く押された程度でダメージはさほど見られない。
だが、あの状態から蹴りをくれるとは。
先に見せた自信は伊達ではないということか。

ジェクトは湧き上がる高揚感を抑えられずに口元を吊り上げた。


「やるなあ、おい」

「…お前もな」


セフィロスは少し咳込むと、刀をすうと上げた。
半身を引いて両手で柄を握り構えを取る。
刀身と同じ高さに並んだ瞳は先程までとは比べものにならないくらいの鋭さを放っている。
向けられた切っ先は、二度は懐に入れさせないということなのだろう。
…面白い。

ジェクトは息を深く吸うと、正面を見据える。
視線が交わった瞬間、力を込めて地を蹴る。
跳び上がった先をセフィロスは冷静に追い、刀を構え直した。

そして、振るう。
きん、と甲高い音が響いた。
篭手で受け止めた一撃は重い。
だが、力勝負で負ける気などしない。
左腕に力を込め、弾き飛ばした。

目を見開いたセフィロスの足元に着地する。
セフィロスはすぐさま刀を引き、ジェクトに向けて振り下ろす。
それを待ってやるほど甘くはない。
拳を握り締め、渾身の一撃を腹部に叩き込んだ。






う、と背中で呻き声があがる。
ジェクトは肩越しに軽く後ろを見やると、気が付いたか、と笑う。


「わりいわりい、本気でやっちまった」

「…ここは」


セフィロスは状況を確認するべく上体を起こし、次いで息を飲んだ。
それが聞こえて、ジェクトは思わず笑う。
大の大人が、目が覚めたらおぶわれていたというのなら驚くのも当然だろう。

セフィロスは忌々しげに息を吐くと、低く呟いた。


「…降ろせ」

「まだ立てねぇだろ」

「平気だ」


言って両腕でぐいとジェクトの肩を押したが、すぐに突っ伏してしまう。
苦しそうな息遣いが聞こえる。
肩口に額を押し付けて痛みをやり過ごしているのだろう。


「無理すんな。もうちょいで着くからよ」

「…ポーションは」

「俺様怪我なんてしねぇから、持ち歩いてないんだよなあ」


ふ、と小さく息を吐き出し、セフィロスはジェクトの肩に頬を乗せた。
肩からさらりとした髪が一房垂れ落ちる。
どうやら諦めがついたようだ。

二人分の体重で地を踏みしめながらふと思い出す。


「そういや、俺に訊きたいことって何だったんだ?」

「……」


返答はない。
急に押し黙ったその様子は、答えられない、というよりは答えたくないといった風だ。


「勝ったら、って言ったの気にしてんのか?」

「いや」


別にそんなこと、と言おうとしたのをセフィロスが遮る。


「…次は倒す。そのときに訊くとする」


気にしてんじゃねぇか。
笑いを噛み殺して、ずしりと掛かる体重を背負い直す。


「わかったわかった、いつでも相手してやらあ」








セフィロスの訊きたかったことは多分、また「どういう気分がするものなんだ?」系のこと。
知りたがり。




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